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みら

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ノートの続き。
阿部はしばらくそのページを見つめた。
文字は、もういつもの自分の字とは思えないほど乱れていた。
それでも読む。
自分が書いたものだから。
自分が忘れたいと願った日のことだから。
相変わらず、何も喉を通らなかった。
目黒が用意してくれたものも。
宮舘が作って持たせてくれたものも。
ゼリーも。
スープも。
水でさえ、飲み込むことが苦しい時があった。
食べようとするとあの女の顔が浮かぶ。
週刊誌の写真。
目黒に触れる手。
自分へ向けられた言葉。
そして。
目の前で、無理やり目黒へ重ねられた唇。
『……』
分かっている。
目黒は悪くない。
あの時もすぐに引き離した。
怒ってくれた。
自分のところへ来て、何度も。
『違うから』
と言った。
目黒の気持ちは疑っていなかった。
それでも苦しかった。
信じていることと、傷つかないことは同じではなかった。
『あべちゃん』
目黒が心配そうに見ている。
『今日、一緒にいるから』
阿部は首を横に振った。
『……ごめん』
『何が?』
『しばらく』
言葉が詰まる。
本当は言いたくなかった。
目黒が悪いわけではない。
むしろ、一番そばにいてほしい人のはずなのに。
『一緒にいたくない』
目黒の表情が止まった。
その顔を見るだけで、胸が痛かった。
『めめが嫌なんじゃない』
慌てて続ける。
『信じてる』
『分かってる』
『本当に信じてるから』
『うん』
目黒は無理に笑おうとしていた。
『でも、今は』
阿部は俯く。
『めめを見ると、あの人のことまで思い出す』
言ってしまった。
目黒は何も悪くないのに。
目黒の顔を見るだけで、怖いことまで一緒に浮かぶ。
『だから少しだけ』
『一人にしてほしい』
長い沈黙。
目黒はそれでも怒らなかった。
『分かった』
ただ、それだけだった。
阿部が顔を上げる。
目黒は泣きそうな顔で笑っていた。
『でも、何かあったら絶対連絡して』
『うん』
『夜でも』
『分かってる』
その日のうちに、メンバーにも伝えた。
今は誰にも会いたくない。
一人にしてほしい。
佐久間は何か言いたそうだった。
康二も。
ラウールも。
ふっかも。
翔太も。
館さんも。
照も。
それでも最後には、全員が頷いてくれた。
『分かった』
『でも連絡だけは返して』
『何か食べて』
『無理なら俺たち呼んで』
優しい言葉ばかり。
だからこそ、申し訳なかった。
目黒が帰ってこない家。
静かだった。
少し前までは、その静けさが寂しかった。
今は、ほっとしてしまう自分がいた。
阿部は机に座った。
ノートを開く。
書く。
『めめを信じてる。』
『でも、今は一緒にいたくない。』
『こんなこと思う自分が嫌だ。』
書いて。
また書く。
『あの人が怖い。』
『めめを取られるのが怖い。』
『めめは俺を選んでくれるって知ってる。』
『それでも怖い。』
『もう疲れた。』
文字が滲んだ。
涙なのか。
手が震えているからなのか。
自分でも分からない。
『全部忘れたい。』
『誰にも会いたくない。』
『仕事も行きたくない。』
『もうアイドルなんてやりたくない。』
そこまで書いて、手が止まった。
昔なら絶対に書かなかった言葉。
好きだった。
九人でいること。
歌うこと。
踊ること。
ファンの前に立つこと。
全部、大切だった。
なのに今は、それさえ苦しさの原因に見えた。
もしアイドルじゃなかったら。
もし目黒も自分も、誰にも知られていない普通の人だったら。
こんなことにはならなかったのだろうか。
好きな人と。
ただ一緒に暮らして。
買い物へ行って。
ご飯を食べて。
手を繋いで歩いて。
そんな普通の生活だけだったら。
こんなに苦しくなかったのかな。
阿部はノートへ書いた。
『しばらく一人で生きたい。』
書き終えた瞬間、耐えられなくなった。
こんなことを考えた自分も。
残しておくことも。
全部、嫌だった。
ページを破る。
一枚。
また一枚。
さっきまで書いた言葉を、全部破った。
床に紙が散らばった。
それでも。
最後のページだけ。
『しばらく一人で生きたい。』
その言葉だけが残った。
ピンポーン。
突然、インターホンが鳴った。
阿部は顔を上げる。
普段なら必ず確認する。
ドアホンを見て。
誰なのか分かってから扉を開ける。
目黒にも何度も言われていた。
でも、その日は何も考えられなかった。
誰でもよかった。
宅配でも。
マネージャーでも。
誰でも。
ただ、頭が働かなかった。
阿部はそのまま玄関へ向かい、扉を開けた。
「……」
そこにいた人を見て。
身体が固まる。
あの女だった。
女優は阿部を見ると、冷たく笑った。
「やっと一人になったんですね」
阿部は何も答えなかった。
女優は玄関の向こうから、阿部の顔をじっと見る。
「ひどい顔。ちゃんと食べてます?」
その声に心配する響きはなかった。
「目黒くんに心配をかけてまで、一緒にいたいんですか?」
阿部の指が小さく震える。
「……帰って」
「どうして?」
女優は笑った。
「あなたに教えてあげようと思って来たんです。目黒くんのために、あなたが何をするべきか」
聞きたくない。
そう思った。
でも、扉を閉める力さえ湧かなかった。
「目黒くん、今すごく大事な時期なの分かってますよね?」
「……」
「映画もドラマも、これからもっと大きな仕事が来る。俳優として、もっと上に行ける人なのに」
女優の目が阿部を上から下まで見る。
「あなたが隣にいるせいで、ずっと余計な話題がついて回る」
「……違う」
やっと、それだけ口から出た。
女優は笑った。
「何が違うんですか?」
「めめは……」
「目黒くんは優しいから」
言葉を遮られる。
「あなたを捨てられないだけですよ」
胸の奥に、何かが刺さる。
「昔から一緒にいたから。情があるから。あなたが壊れそうだから」
「……」
「だから離れられない」
女優は少し首を傾げた。
「それを愛されてるって勘違いしてません?」
目黒は自分を好きだと言ってくれた。
何度も。
その記憶があるからこそ、阿部は言い返そうとした。
「……違う」
「じゃあ、どうして今ここに目黒くんがいないんですか?」
阿部の呼吸が止まる。
自分が一人にしてほしいと頼んだから。
分かっている。
それなのに、女優の言葉は弱った心に鋭く突き刺さった。
「あなたが『一人になりたい』って言ったら、本当に離れたんでしょう?」
「……俺が、頼んだから」
「そうですね」
女優が笑う。
「離れられて、ほっとしてるんじゃないですか?」
阿部は答えられなかった。
「あなた自身、分かってるんでしょう?」
声が少しずつ強くなる。
「目黒くんの隣にいる資格なんてないって」
「……」
「だって、何ができるんです?」
女優は吐き捨てるように続けた。
「体調を崩して、仕事にも迷惑をかけて、メンバーにも心配させて。目黒くんにはずっと面倒を見てもらっている」
「……」
「それで恋人だからって、これからも隣にいるつもり?」
阿部は何も言えない。
「目黒くんは、あなたの介護をするために芸能界にいるんじゃないんですよ」
「……やめて」
声が、自分でも分からないほど小さくなった。
女優は止まらない。
「あなたがいなければ、目黒くんはもっと自由になれる」
「共演する相手にも気を遣わなくていい。恋愛の噂が出るたびに、あなたの顔色を気にする必要もない」
「……」
「もっと普通に恋愛だってできる」
その言葉で、胸が大きく痛んだ。
「めめは……俺を……」
「好き?」
女優が笑う。
「そう言ってくれてるんですよね」
阿部は黙った。
「でも、それはいつまで続くと思います?」
唇が震える。
「あなたみたいに、何かあるたびに壊れて、泣いて、食べられなくなって、周りに守ってもらわないと何もできない人」
女優は一歩近づいた。
「そんな人と、一生一緒にいられると思ってるんですか?」
「……」
「いつか疲れますよ」
阿部は目を伏せた。
「目黒くんは優しいから、今は言わないだけ。そのうち、あなたが重荷だって気づきます」
否定したかった。
けれど、声にならなかった。
頭の中では、自分が書いたばかりの言葉が繰り返されていた。
――もう疲れた。
――誰にも会いたくない。
――アイドルなんてやりたくない。
女優は、さらに言葉を重ねる。
「そもそも、あなたたちが普通の恋人じゃないから、こんなことになってるんでしょう?」
阿部がゆっくり顔を上げる。
「アイドル同士で、世間に注目されて、何をしても記事になる。目黒くんが誰かと共演しただけで騒がれて、あなたもそれに耐えられない」
女優は冷たく笑った。
「向いてないんですよ」
「芸能人にも」
「目黒くんの恋人にも」
何かが、阿部の中でぷつりと切れた気がした。
もしアイドルじゃなかったら。
もし目黒も自分も、普通の人だったら。
誰にも知られない場所で、ただ一緒に暮らしていたら。
こんな言葉を聞かずに済んだのかな。
こんな写真を作られずに済んだのかな。
目黒が誰かに触れられるところを、見ずに済んだのかな。
好きな人を好きでいるだけで、こんなに苦しくならずに済んだのかな。
女優はまだ何かを言っている。
「あなたが消えれば」
その言葉だけが、妙にはっきり聞こえた。
「目黒くんは楽になると思いますよ」
「……」
「メンバーだってそう。みんな、あなたに気を遣っているだけじゃないですか?」
阿部の目から、一滴だけ涙が落ちた。
「あなたがいなければ、全部丸く収まるのに」
いつもなら、怒っていた。
目黒を信じていると。
メンバーは大切な仲間だと。
そんなことはないと。
言い返せたはずだった。
でも今日は、何も出てこなかった。
ただ聞いていた。
もう疲れていた。
何もかも、どうでもいいような気がしていた。
二人とも一般人だったら。
こんなことにはならなかったのかな。
誰にも知られず。
誰にも邪魔されず。
ただ好きな人と一緒にいられたのかな。
そんな生活なら、もっと簡単だったのかな。
もう、考えることにも疲れた。
女優の声が続いている。
でも、だんだん遠くなっていった。
怖いはずだった。
目の前の人も。
怒っている声も。
その手にあるものも。
本当なら、全部怖いはずなのに。
何も感じなかった。
逃げなきゃ。
助けを呼ばなきゃ。
そう思うはずなのに、身体が動かなかった。
生きたい。
その気持ちさえ、どこにあるのか分からなかった。
もう、何も考えたくなかった。
何も感じたくなかった。
全部、終わればいい。
死にたい。
そんなことしか浮かばなかった。
そして、次の瞬間。
身体に衝撃が走った。
阿部は自分に何が起きたのかさえ、すぐには理解できなかった。
痛いのか。
怖いのか。
それすら分からなかった。
ただ、力が抜けていく。
床が近づく。
女優の声が遠くなる。
目黒の顔が最後に浮かんだ。
ごめん。
そう思ったのか。
会いたい。
そう思ったのか。
それさえ、もう分からなかった。
ただ、最後に一つだけ。
頭の中に残った。
――全部、忘れたい。
「……」
阿部の手からノートが滑り落ちた。
バーの床に、小さな音を立てて落ちる。
誰も拾わなかった。
阿部は動けなかった。
全部、思い出した。
自分が何を書いたのか。
どうして破ったのか。
どうして一人になりたかったのか。
そして、最後に何を願ったのか。
涙が静かに頬を伝った。
「……俺」
声が震える。
みんなが阿部を見る。
「本当に」
一度、息を吸う。
「全部忘れたいって思ったんだ」
誰も否定できなかった。
その場にいた全員が、泣いていた。
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**美月ゆめか🌸の感想** ああああ第21話、、、リーダーの心の内が生々しすぎて胸が痛い😭💔「めめを信じてるけど、一緒にいたくない」って気持ち、すごく分かるようでいて、それでも自分を責めちゃうリーダーが切なすぎる、、、。 最後の女優の言葉がガツガツ突き刺さってきて、もう読んでるこっちまで息できなくなったよ、、、「死にたい」って書いちゃうほど追い詰められてるのに、それでもノートに書き留めるリーダーの真面目さが余計に辛い。 最後の「本当に全部忘れたいって思ったんだ」って口にした瞬間、もう涙止まらなかった😭💦みらさん、こんなに重くて美しい話をありがとう…次が待ちきれないよ、、、