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#❤️💙
みら

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22
誰も。
すぐには動けなかった。
阿部の頬を伝う涙だけが、静かに落ちていく。
床には、手から滑り落ちたノート。
戻ってきたページには。
自分が忘れたかった記憶が、全部残っていた。
女優のこと。
苦しくて、食べられなくなったこと。
目黒を信じているのに、一緒にいることさえ辛くなったこと。
一人になりたいと願ったこと。
全部忘れたいと思ったこと。
そして。
最後。
玄関。
女優。
刃物。
身体から力が抜けていく感覚。
そこまで。
思い出した。
阿部は涙を拭うこともせず、しばらく俯いていた。
ふと。
何かに気づく。
「……待って」
小さな声。
全員が阿部を見る。
阿部はゆっくり顔を上げた。
自分の身体を見る。
腕。
お腹。
どこにも。
傷はない。
「刺されたんだよね」
目黒の表情が強張る。
誰も答えない。
「俺、刺された」
もう一度言う。
記憶ははっきりしている。
間違いではない。
でも。
今。
自分はここにいる。
普通に立って。
話して。
笑って。
今日まで生活していた。
「……そのあと」
阿部がみんなを見る。
「俺、どうなったの?」
沈黙。
また。
誰も口を開かない。
「病院?」
阿部が聞く。
「運ばれたんでしょ?」
目黒が小さく息を吸う。
「……うん」
ようやく答えた。
「救急車で運ばれた」
「じゃあ」
阿部は目黒を見る。
「俺、助かったんだよね?」
その問いに。
目黒はすぐ頷かなかった。
阿部の胸が。
またざわつく。
「めめ?」
目黒は。
苦しそうに阿部を見る。
「命は、助かった」
「……命は?」
その言い方。
阿部は眉を寄せる。
目黒の唇が少し震えた。
「現実のあべちゃんは」
一度。
言葉が止まる。
それでも。
目黒は逃げなかった。
「まだ、目を覚ましてない」
「……え?」
阿部は。
何を言われたのか理解できなかった。
「目を覚ましてない?」
「うん」
「でも俺」
自分を指す。
「ここにいるよ」
「うん」
「起きてる」
「……うん」
「じゃあ」
阿部の声が小さくなる。
「何?」
目黒は。
答えない。
阿部はみんなを見る。
誰も。
目を合わせてくれない。
その瞬間。
嫌な予感がした。
「……ここ」
阿部が辺りを見る。
バー。
いつもの場所。
何度も来た。
みんなで飲んで。
笑って。
康二の歌を聞いて。
目黒と一緒に帰った場所。
「ここって」
声が震える。
「何なの?」
誰も。
すぐには答えなかった。
それでも。
もう阿部には。
少しずつ分かり始めていた。
自分の部屋。
カフェ。
本屋。
大学。
目黒の会社。
この世界へ来てから知ったもの。
すべてが。
どこか。
都合が良すぎた。
自分には。
一生働かなくても困らないくらいのお金があった。
過去を示す写真は。
一枚もなかった。
スマートフォンにも。
家にも。
何も残っていなかった。
なのに。
近所へ行けば。
一人ずつ。
大切な人たちと出会った。
それも。
まるで。
自分が寂しいと思うたび。
一人では嫌だと思うたび。
少しずつ。
人が増えていった。
阿部は。
静かに聞いた。
「……ここ、夢なの?」
全員の表情が変わった。
それだけで。
答えが分かった。
「嘘……」
阿部は笑おうとした。
でも。
うまく笑えない。
「じゃあ」
目黒を見る。
「カフェは?」
「……」
「館さんのお店」
宮舘が。
ゆっくり阿部を見る。
「現実にはないよ」
阿部の呼吸が止まる。
「……佐久間の本屋は?」
佐久間の目から。
また涙が落ちた。
「ない」
「ラウの大学」
ラウールが小さく首を横に振る。
「この世界だけ」
「めめの会社は?」
目黒は。
少しだけ目を伏せた。
「ない」
阿部は何も言えなくなる。
全部。
ない。
自分が毎日通ったカフェも。
佐久間の本屋も。
ラウールが課題を持ってきた大学生活も。
目黒が会社から帰ってくる音を待っていた日々も。
全部。
現実には存在しない。
「じゃあ」
阿部は。
泣きながら笑った。
「俺、ずっと夢見てるの?」
目黒が頷く。
「うん」
阿部は。
しばらく何も言えなかった。
夢。
それなら。
分かることがある。
いや。
分かりすぎる。
阿部は床へ落ちたノートを見る。
その中に。
自分が書いた言葉がある。
『もうアイドルなんてやりたくない。』
『全部忘れたい。』
『しばらく一人で生きたい。』
そして。
事件の直前に思ったこと。
――自分も目黒も一般人だったら。
阿部は。
ゆっくり顔を上げた。
「……俺が望んだんだ」
誰も答えない。
「この世界」
目黒が阿部を見る。
阿部は。
一つずつ。
確かめるように言った。
「アイドルじゃない俺」
「過去を何も覚えてない俺」
「働かなくても生きていけるお金」
「誰にも知られてない生活」
そして。
目黒を見る。
「普通の会社員のめめ」
目黒の目が揺れる。
阿部は。
思い出した。
少し前。
目黒が言った言葉。
『せっかくだから一般人みたいな生活、してみたかったんだよね』
『もう必要なくなったから』
あの時は。
意味が分からなかった。
でも。
今なら分かる。
「だからだったんだ」
「……あべちゃん」
「めめが会社辞めた時」
阿部は泣きながら少し笑った。
「変な言い方するなって思ってた」
目黒も。
少しだけ笑う。
「うん」
「一般人みたいな生活してみたかったって」
「うん」
「だって本当は」
阿部は。
目黒を見る。
「一般人じゃなかったから」
目黒は。
ゆっくり頷いた。
「そう」
胸の奥が。
不思議なくらい静かになる。
怖い。
悲しい。
でも。
同時に。
あまりにも納得できた。
「俺」
阿部は呟く。
「本当に叶えてたんだ」
全部忘れたい。
叶った。
アイドルをやめたい。
叶った。
普通に暮らしたい。
叶った。
一人で生きたい。
それも。
最初は。
叶っていた。
そこまで考えて。
阿部は止まった。
「……あれ?」
目黒が見る。
「何?」
「俺」
少し考える。
「一人で生きたいって思ったんだよね」
「うん」
「じゃあ」
阿部は。
周りを見た。
八人。
全員いる。
自分が一人で生きたいと願ってできたはずの世界に。
結局。
みんながいる。
「なんで?」
佐久間が。
少しだけ笑った。
でも。
まだ何も言わない。
阿部自身が。
先に気づいた。
目を覚ました日。
一人だった。
何日か。
誰にも会わずに暮らした。
お金はあった。
働く必要もなかった。
何も困らなかった。
それなのに。
寂しかった。
誰かと話したかった。
だから。
自分から外へ出た。
そして。
カフェを見つけた。
翔太に会った。
館さんに会った。
働き始めた。
康二と話した。
佐久間と本を読んだ。
ラウールに数学を教えた。
照やふっかとバーで過ごした。
めめと。
毎日のようにご飯を食べた。
そして。
もう一度。
好きになった。
「……俺が」
阿部の声が震える。
「俺がみんなのところ行ったんだ」
目黒が。
優しく頷いた。
「うん」
「誰かに連れていかれたんじゃなくて?」
「うん」
「俺が?」
「そうだよ」
阿部の目から。
また涙が落ちた。
目黒が少し笑う。
「あべちゃん」
「何?」
「一人で生きたいって願ったのに」
阿部を見る。
「結局、一人じゃいられなかったね」
阿部は。
一瞬黙って。
それから。
泣きながら笑った。
「……俺」
鼻をすすって。
「結構、寂しがり屋だったんだね」
佐久間が。
とうとう耐えられなくなったように笑う。
「そうだよ!」
ラウールが泣きながら笑う。
「ずっと言いたかったんだね」
「だってあべちゃん一人で生きたいとか言うけど絶対無理だもん!」
「ひどいな」
阿部も笑う。
康二も。
涙を拭きながら笑った。
「でもほんまやで」
「康二まで?」
「カフェ来てすぐ、みんなと仲良うなってたやん」
渡辺も。
目元を拭いながら言う。
「最初、一人でいたいって言ってた人とは思えなかった」
「知らなかったんだからしょうがないでしょ」
「記憶なくても変わんなかったってことじゃん」
深澤が少し笑う。
「そうそう」
「結局あべちゃんはあべちゃん」
その言葉に。
阿部は少しだけ黙る。
記憶がなくても。
仕事がなくても。
何も知らなくても。
好きになったもの。
大切にしたもの。
集まった人。
結局。
同じだった。
阿部は。
みんなを見る。
「俺」
声が少し震える。
「ちゃんと、またみんなのこと好きになったんだ」
誰も。
すぐには答えられなかった。
みんな。
泣いていた。
目黒が。
阿部の手を握る。
「うん」
「俺のことも?」
阿部が目黒を見る。
目黒は少し笑った。
「もう一回」
握った手に力を込める。
「ちゃんと好きになってくれた」
阿部は。
その手を握り返した。
『全部忘れたい』
そう願った自分が。
全部忘れた世界で。
もう一度。
同じ人たちを好きになった。
その事実だけで。
少し。
救われた気がした。
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今晩は⭐️ 一気に読みました。 😭😭😭泣けます。 苦しかったよね。信じたいでも… その女優腹が立つ😠 終わり方にほんの少しみんなの笑顔が あったのが救いです。 続き待ってます♪
第22話、読み応えありました……。何より「現実のあべちゃんはまだ目を覚ましてない」の唐突さに心臓が止まるかと思いました。そこから世界の違和感が全部伏線だったと気づく構成、すごく丁寧ですよね。記憶がなくても、結局同じ人たちを好きになってしまう阿部さんに涙が出ました。目黒さんが「結局、一人じゃいられなかったね」と優しく笑うシーン、忘れられないです。