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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第81話 〚止まった距離〛(澪視点)
放課後の廊下。
澪と海翔は、並んで歩いていた。
特別な会話はない。
でも、沈黙が気まずくない距離。
(……落ち着いてる)
澪は、そう思っていた。
——その時。
前から来たクラスメイトが、
友達と話しながら歩いてきて。
「うわっ、ごめ——」
肩が、海翔にぶつかった。
「っ……」
バランスを崩した海翔が、
とっさに体をひねる。
その勢いで——
澪の背中が、
壁に当たった。
ドン、という音。
目の前に、
海翔。
近い。
近すぎる。
澪の視界が、
一瞬、白くなる。
(……だめ)
昨日の妄想。
少女漫画の一コマ。
手を掴まれた感覚。
全部が、
一気に浮かび上がる。
——ズキン。
頭が、痛む。
(現実化……)
距離は、
ほんの数センチ。
少し動けば、
触れてしまう距離。
——キスしそうな、距離。
心臓が、
強く鳴る。
ドクン、ドクン。
(ルール……)
澪は、必死に思い出す。
触れる想像は、しない。
頭が痛くなったら、中断。
澪は、
ぎゅっと目を閉じた。
想像を、切る。
“もしも”を、消す。
ただ、
今の現実だけを見る。
壁。
廊下。
制服の布。
「……澪!」
海翔の声。
澪は、はっと目を開ける。
海翔は、
すぐに一歩、下がっていた。
「ごめん!」
「大丈夫?」
距離が、戻る。
頭の痛みが、
すっと引いていく。
(……止まった)
現実は、
それ以上進まなかった。
澪は、
ゆっくり息を吐く。
「……大丈夫」
「ありがとう」
声は、震えていなかった。
周りを見ると、
ぶつかったクラスメイトが慌てて謝っている。
「ほんとごめん!」
「前見てなくて……」
「いや、平気」
海翔が落ち着いて答える。
誰も、
異変に気づいていない。
——でも。
澪は、分かっていた。
今のは、
偶然じゃない。
想像が、現実に触れかけた。
でも——
止められた。
(……できた)
自分で作ったルールが、
初めて、
自分を守った。
⸻
廊下を歩き出してからも、
二人の間には、少しだけ沈黙があった。
でも、それは重くない。
「……さっき」
海翔が、低い声で言う。
「無理、してない?」
澪は、一瞬だけ迷ってから、頷いた。
「うん」
「……ちゃんと、止まれた」
海翔は、深くは聞かなかった。
ただ、
少し歩く速度を落とした。
合わせる。
澪は、胸に手を当てる。
心臓は、
まだ速い。
でも——
怖さより、
確かな感触があった。
私は、流されなかった。
未来でもない。
運命でもない。
——“今”を選んだ。
壁ドンになりかけた距離は、
もう、過去。
澪は、前を向いて歩く。
想像は、
危険だ。
でも、
選ぶ力があるなら。
澪はもう、
簡単には、現実を歪ませない。