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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第82話 〚言葉にしたあと〛(澪視点)
放課後。
校舎の裏手、誰もいないベンチ。
澪と海翔は、並んで座っていた。
夕方の風が、少し冷たい。
さっきまで、
何でもない話をしていたのに。
澪は、
胸の奥が落ち着かなくて。
(……言わなきゃ)
自分で決めた。
止められたこと。
でも、危なかったこと。
——一人で抱えるのは、違う。
「……海翔」
声が、少し低くなる。
「ん?」
澪は、ベンチの端を見つめたまま、言う。
「さっきの廊下のこと」
「……実は」
一瞬、言葉が詰まる。
海翔は、急かさない。
ただ、
澪の方を向いて、聞く姿勢のまま。
「……あの時」
「頭、ちょっと痛くなった」
海翔の眉が、わずかに動く。
「痛み?」
澪は、ゆっくり頷く。
「うん」
「私……考えすぎると」
「想像が、現実に近づくことがあって」
言葉にした瞬間、
胸が、きゅっと締まる。
でも、
逃げなかった。
「壁にぶつかった時」
「……変な想像、浮かびそうになった」
言い切る。
恥ずかしさより、
正確さを選んだ。
「でも」
澪は、顔を上げる。
「止めた」
「想像しないって」
「自分で決めたルールを、思い出して」
少しだけ、
誇らしさが混じる。
「……だから」
「何も、起きなかった」
沈黙。
澪は、
海翔の反応を待つ。
引かれるかもしれない。
困らせるかもしれない。
——それでも。
逃げなかった。
海翔は、しばらく考えるように、空を見る。
それから、静かに言った。
「……正直に言ってくれて、ありがとう」
澪は、少し驚く。
「怖かったろ」
「言うの」
澪は、小さく頷いた。
「うん」
海翔は、続ける。
「でも」
「澪が“止めた”ってこと」
「それ、すごいと思う」
澪の胸が、少し温かくなる。
「俺さ」
「守るって、前は」
「危ないのから遠ざけることだと思ってた」
澪は、黙って聞く。
「でも今は」
「澪が、自分で選べるようになるのを」
「邪魔しないことも、守ることなんだなって」
言葉は穏やかで、
押し付けがましくない。
澪は、息を吐く。
「……ありがとう」
「言ってよかった」
海翔は、少し笑った。
「言ってくれなかったら」
「俺、気づかないままだった」
それから、少し真剣な声で。
「無理そうな時は」
「ちゃんと、言えよ」
「……うん」
二人の間に、
静かな安心が落ちる。
距離は、変わらない。
でも、
“共有された”という事実だけが、
確かに残っていた。
澪は、胸に手を当てる。
心臓は、
さっきより、落ち着いている。
(……言葉にすると)
(怖さが、形になる)
形になれば、
一緒に持てる。
澪は、そう思った。