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「テンコ、ヒーローなんかになっても何もいいことなどない。」
齢4歳にして転孤は、父に夢を壊された。姉のハナから聞いた話曰く、転孤の祖母はヒーローだった。父は幼い頃、祖母に捨てられてからヒーローを嫌っていた為、転孤はヒーローになるなと言われ続けた。
時は流れ中学3年の春、そろそろ進学先を考えなければならない時期。転孤は自分の将来像が掴めずにいた。受験生という実感も湧かなく、勉強は出た課題のみ、課題を素早く済ませてはずっとゲームをする日々を送っていた。
チャイムが鳴り生徒たちが下校し始める。周りの生徒より一足先に学校を出た転孤は早歩きでいつもの場所に向かっていた。ビルが脇に立ち並ぶ大きい道路、その中の一つのビルとビルの小さい路地裏を慣れたように曲がっていく。10歩ほど路地裏を進んだところで立ち止まり地面を小さく蹴り上げ“浮遊”した。
転孤の“個性”、浮遊は祖母より前の代から引き継がれてきた“個性”だ。正直、この“個性”で祖母がなぜヒーローをできたのか疑問でしかない。浮遊なんて攻防どちらにも欠けた“個性”じゃヒーローは無理だろうと、中学生になり現実が見え始めた頃、諦めた。
しばらく飛んでやっとビルの屋上に着地する。小さな柵に寄りかかりポケットからゲーム機を取り出す。昨日はこのステージのボスの前で終わったんだっけな。昨日のことを思い出しながらゲームを起動しロード画面へ入る。
長いロードの間、転孤は空を見上げた。 綺麗な青空に白い雲がポツポツ浮かんでいる。ちょうどいい春風が転孤の長い髪をなびかせていた。
慣れた手つきでぽちぽちと操作をこなし、ゲームを進めていくーゲームをしている間は勉強のことも、この理不尽にまみれた社会のことも、忘れられる。
風が、強く吹いた。
強風に目を細めた瞬間、地面に強い衝撃が走った。転孤のいるビルの屋上に土埃が舞う。地震か、大きい敵〈ヴィラン〉でも出たのかとゲームをしまい身構える。土埃が薄れていき、その中心にいた者の正体が明らかになった。
「…は?」
思わず声を溢した。そこにはあのNo,1ヒーロー、オールマイトが立っていたのだ。
「お、オールマイト⁉︎」
驚きを隠せずつい前のめりになり彼を見つめる。
「YES!私こそ、平和の象徴オールマイトだ!!」
オールマイトが転孤に気付いたようでそちらを向いて手の平を掲げる。
「君、こんな所で何してたんだい?危ないだろう!」
あまりの衝撃に屋上であることを忘れてハッとする。
「あ〜…ゲーム…してました…」
怒られるのかと目線を逸らして小声で呟いた。
「ん〜〜青春してんね‼︎でも危ないから早く降りるんだよ!!」
意外とあっさりで安心した。しかし見つかったばかりは場所を改めなくては…など考えているとオールマイトは
「んじゃ、私はまだこれから仕事があるので!!」
そう言って屋上の柵の方へ歩き始めた。
もう行くのか…まあNo,1ヒーローだし忙しいのか。そう思って見送ろうと思ったーー思ったはずだった。
口が、勝手に動いていた。
「あのっ、」
「ん?」
「…俺、浮遊なんて、すげえショボい“個性”なんす。それでも、、 ショボい“個性”でも、ヒーローってできますか?」
「弱い“個性”でも、アンタみたいになれますか?」
話してから我に帰った。俺は、何を聞いてるんだ。ヒーローなんてとっくに諦めたじゃないか、とっくに壊された夢じゃないか。心の奥底で、まだ諦めきれてなかったっていうのか?そんなことない…。 諦めたはずなのに…諦めたということを認めたくない自分が…どこかにいた。
自分の足元に向けていた目線をゆっくりオールマイトの方へ向ける。しかしそこにいたのは、
「……は!?」
いたはずのオールマイトが痩せ細った男の姿に変わっていた。
「…偽物?!」
何が起きたのか全く分からず、前にいる人間に指をさしてそう言い放つ。
「いや、私はオールマイトさゴボ」
彼の口から大量の血が流れる。
「…嘘つけ…」
「プールとかで力む人がいるだろ?それさ。」
「……嘘だ。」
「見られたからには仕方ない。このことをネットには載せるんじゃないよ」
自称オールマイトが柵に寄りかかって座る。
「は、はあ…」
正直、頭が全然追いついてない。No,1ヒーローは風船みたいに縮む奴だったのか?
オールマイトはゆっくり語り出した。
「5年前、敵の襲撃で負った傷だ。 呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね 。」
そう言って白いTシャツをめくりツギハギだらけの腹を見せた。 思わず息を呑む。あまりにも痛々しい見た目に目を逸らしたくなった。
「私のヒーローとしての活動限界は今や、1日約3時間ほどなのさ。 これは世間に公表されていない、 公表しないでくれと私が頼んだ。 人々を笑顔で救い出す… 平和の象徴は、決して悪に屈してはいけないんだ」
「そ、そんな…」
No,1ヒーローがこんな状態で…本当に大丈夫なのか?俺は今オールマイトと話していて大丈夫なのか?不安が次々と押し寄せてくる。
「弱い“個性”でもヒーローになれるか…ね、」
オールマイトが真っ直ぐ転孤を見つめる。
「プロはいつだって命懸けだよ。 ”個性”が弱くとも成り立つとは、とてもじゃないが口に出来ないね。」
転孤はその厳しい口調にうつむいた。分かっていたことだ。ずっと前からー“個性”が出た時から、父にやめろと言われた時から…ずっと分かっていた答えだった。それでもNo,1ヒーローに言われるとやはり違う。数多く人助けをしてきた最強のヒーローだからこそ、その言葉は重みがあった。
「夢見るのは悪いことじゃない、 だが相応の現実も見なくてはな、少年」
そう言ってオールマイトはビルを降りていった。
転孤は悔しさを噛み締め、立ち尽くした。