薄いシャツが、濡れた肌に張りつく。蓮司の手がその布地を滑らせながら、遥の体温の深部を探るように沈んでいく。
──“付き合ってる”って言ったのはおまえだろ?
蓮司の声が、触れている箇所よりずっと深い場所で囁いていた。
遥はベッドに仰向けにされ、片腕を枕に縫い止められたまま、息を殺している。
指先が腹の下を撫で、太腿の内側をなぞるたびに、わずかな反応が漏れ出る。
「……声、出るじゃん。ちゃんと“反応”してる」
蓮司の声は、笑っているようで、空虚だった。
まるで何かを確かめるような、冷たい興味の色しかない。
遥は唇を噛んだ。
喉奥から漏れた声を飲み込もうとする動作そのものが、演技のように見えた。
──違う、こんなの、俺じゃない。
頭の中で何度も言い聞かせるが、身体だけが敏感に反応していく。
「……それとも、“付き合ってる”っていう設定なら、
こうされるのも“正しい”んだっけ?」
わざとらしく、蓮司が問いかける。
そのたびに遥の目がわずかに揺れる。
「“彼氏”なら、これくらいされても、文句言えないよな。
なあ、違う?」
返事はない。だが、蓮司の手が深く食い込むたびに、遥の背筋が跳ねた。
身体が“言い訳”の余地なく、蓮司の指に、声に、反応してしまう。
「──ああ、わかった。
演技、だよな。いつもの」
蓮司の唇が、遥の耳元に触れる。
「“壊れてません”っていう、上手な演技。
“平気です”って、上からかぶせて……泣き声、殺してるだけじゃん」
その瞬間、遥の顔が、ほんの一秒だけ歪んだ。
吐息が漏れる。
喉の奥から、笑いなのか嗚咽なのかも分からない音がこぼれる。
「バレてんだよ、全部」
蓮司の言葉が、肌を這う指よりも冷たく響いた。
「俺の前でだけ、“本音”出ちゃってるの、気づいてないふりしてるけどさ。
ほんとは、もうとっくに演技、破綻してる」
遥の瞳が揺れ、天井の染みを見つめながら何かを耐えている。
だが、歯を食いしばっても、押し殺した呼吸が震えても、
──身体の奥から漏れる甘い声だけは、もう止められなかった。
「“こうしてる間だけは、逃げられる”……とか、思ってんの?
かわいいな、おまえ。
そんな浅い嘘、ほんとに信じてんの?」
蓮司の声が、笑っていた。
そして、その笑いの奥には、
遥の“矛盾”を面白がる、悪意とは違う、“愉悦”が滲んでいた。
「ほら、もっと……反応してよ、“俺の彼氏”」
その言葉が、遥の全身を貫いた。
自嘲も、演技も、抵抗も──
すべてが崩れて、遥はただ、声を出した。
蓮司に与えられた役をこなすように。
自分で作った“嘘”に、押し潰されるように。
なにもかもが、自分の中から出ているのに、どこか他人事だった。
なのに──
ほんの一瞬だけ、
「やめて」と声に出しかけた自分がいた。
だが、その声は、唇の内側で飲み込まれた。
蓮司の動きと呼吸が強まる中で、遥はただ、目を閉じた。
──もう、どうでもいい。
誰が何を望んでるかなんて、知りたくなかった。
蓮司の重みの中で、
遥の“自分”は、もう演じることさえできず、
ただ黙って崩れていった。