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自室の壁に掛かったコルクボードに目をやると、そこにはたくさんの思い出が飾られている。
初日の出を見に行った帰りに撮った、夜明けの交差点での写真。
よく晴れていた日の、燃えるよう夕焼け空の中の彼女の写真。
ほかにも何枚も。
これはお気に入りのコレクションで、まだ自分のカメラやスマートフォンにもっと写真がある。
それを僕は消せずにいる。
――もう上書きされることはないというのに。
誰の声も聞こえない部屋で、スマホのカメラロールをさかのぼる。
スクロールしてもしても出てくる彼女の、もしくは彼女との写真が二人の思い出の長さを物語っている。
そのなかで、たった一つ彼女の寝顔を撮ったものがある。朝早く目覚めたとき、横で眠る表情を内緒で映した。
ぴくりとも動かない長いまつ毛、さらりと垂れ下がった髪に少しだけ開いた小さな唇。その無防備な姿に、今でも愛しさが溢れ出てくる。
これもボードに貼りたいな、と思った。
リビングに戻り、プリンターとスマホを繋いで写真を印刷する。ウイーンという機械音とともに出てきた寝顔に、思わず微笑みが漏れる。
そっと、抱きしめた。まるで彼女そのもののように。
突然吹き消されてしまった彼女の人生の灯火。
何なら僕も一緒にしてよ、なんて思っていた。目を逸らしたくなる現実を受け入れきれずに涙した。
わずかな胸の痛みも、なくなることはない。
それに、後悔もまだいっぱい残っている。
もっと「ありがとう」って伝えたかった。
「好き」って言いたかった。
心にうず高く積もっていた愛の気持ちを、その対象にぶつけたかった。
それができないなら、もう全部忘れたかった。
なのに、綺麗な風景の写真に写る君も、まぶたの裏に焼き付く素の笑顔の君も、何もかも離れない。
いつしか撮ったイチゴのパフェを頬張る君だって、スマホのアルバムには残ってる。
でも、現在進行形で隣に君がいてくれなきゃ。
たった一人取り残された世界は、イチゴの鮮やかさなんて消えて全てがセピア調になってしまった。
色彩を失ったこの世界で、僕はどうすればいいんだろう。
彼女の寝顔の写真を、コルクボードにピンで留める。
ずっと撮り溜めた愛しい日々を、今の僕の光に。そうしたら、少しずつでも彩りが戻ってくる気がして。
弱々しくて微かすぎる光だけど、それで十分だ。
きっとまた、未来に進めたらそんな光が降り注ぐ。
「ありがとう」
僕の大好きな君。
終わり