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ここは国内最大規模の図書館、帝國図書館《ていこくとしょかん》。実は文学に宿る負の感情から生まれた文学を消し去ろうとする存在、侵蝕者《しんしょくしゃ》の対策本部でもある。そのために錬金術によって転生させられた文豪たちもいる。私は文月幸呼奈。ここの司書。異能力者だ。
「おいちょっといいか?」
幸呼奈「はい。何ですか?」
この人は室長《しつちょう》。政府と繋がっていて、侵蝕者の対策の協力者だ。
室長「最近、侵蝕者じゃない新たな侵略者が様々な不可解な事件、ブラックケースを引き起こしてるって知ってるか?」
幸呼奈「初めて聞きました…」
室長「異能力者や侵蝕者が関わっているなら異能力者全体の信頼に関わる。何が起きているのか調べてきてくれるか?」
私が図書館司書と一緒にやっていること。それは何でも屋だ。こうして急に依頼を受けることもある。まさか侵蝕者以外の侵略者が現れるとは。早速、調べに行こう。中庭へ向かう。池もベンチも、文豪たちが育てている畑もある。こんなこともあろうかとベンチ下に隠してあった竹枝を拾い出す。
幸呼奈「“おお、幸い、ここに竹杖《たけづえ》が一本落ちている。ではさっそくこれへ乗って、一飛びに空を渡るとしよう”…」
呪文?を唱えながら、馬にでも乗るようにまたがる。すると竹杖はたちまち竜のように、勢よく大空へ飛んで行った。まあやっている事は空飛ぶ箒の箒を竹杖に置き換えたようなものだ。これが私の異能力。自分でも不謹慎に思っているが、ブラックケースが起きているところを探している。上から色々なところを見てみる。いつもの街だ。
「顔を上げろ!」
急な声。よく聞くと大型モニターからだ。音もこの至近距離で聞くと鼓膜を貫いてしまいそうだ。正面に向き直ってモニターが見える距離まで離れる。
「夢は見るものじゃない。叶えるものだから!」
タレントの女の子だろうか。もうしばらく飛んでいてたどり着いたのはハローワーク。 先程モニターの下で見かけた男の子がいる。彼も仕事を探していたのか。探しているブラックケースと関係あるのか分からないが、のぞいてみる。
「希望の職種はありますか?」
「エージェントです」
「…?」
2人とも目が点になっている。少し前に女の子の相手もしていたし、人助けが好きな人なのだろうか。待合室の方に目をやる。
「新しいの買いに行こうか」
「うん」
女の子のお父さん?よかった。迎えにきてくれたのか。見守っているといきなり心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた声と、狼狽の色が走った女の人が走ってやってきた。
「楓?楓!どこなの?」
楓…?さっきの女の子のこと?まさかあの男の人…!川の水が流れるような誘拐っっ!助けないと!
「大丈夫。俺ならできる…」
さっきの男の子だ。気づいて戻ってきてくれたのか。だったらやることは簡単。一緒に助けよう。私もくるりと竹杖の向きを変える。
「ついていっちゃダメだ!」
「さあ。我らが悪夢を叶えよう」
突然、鼓膜が捉えた謎の声と同時に竹杖が飛び出していっているのを私は感じた。それこそ示し合わせたように。猪突猛進な竹杖が彼に向かって行った。どうにか停めようと必死だった。
「おいおいおいおいおいおい…!」
誰かが立ち会っている。あの人は刑事さんだろうか。
「おい待て!」
幸呼奈「どいて、どいて、どいてー!ぶつかるーっ!」
「⁉︎」
先端部分が彼の胸部に突っ込んでいった。ぶつかった彼は蚤《のみ》の子のように軽く地面に叩き込まれてしまった。倒れた私の体もものすごい速さで回っていく。鈍い衝撃を感じる。想定外だ。間に合わなかった。彼が横たわっているのが見える。人が集まってきた。
刑事「おいしっかりしろ!おい!」
「どうしたの⁉︎」
図書館が近いところでよかった。聞きつけた私の家族たちが駆けつけてくれた。
陶瑚「…胸部打撲⁉︎大丈夫。まずは呼吸の確認を…大丈夫ですか?ベルト緩めますね?皆さん、落ち着いてください!幸呼奈は大丈夫なの?」
幸呼奈「私は大丈夫。だけど…」
陶瑚「幸呼奈は救急車!」
幸呼奈「はい!」
陶瑚「刑事さんはAEDとタオルとガーゼと氷嚢《ひょうのう》!(メモ帳を破って渡す)磨輝も一緒に行って!」
刑事 磨輝「はい!」
陶瑚「なぎ兄ちゃんとまつ兄ちゃんはあの親娘の保護!」
渚冬 茉津李「はい!」
陶瑚「姉ちゃんは誘拐犯の確保!」
歌華「なんて?←すでに殴り倒して胸ぐらを掴んでいる」
陶瑚「ア、ウウン。ナンデモナイ」
日和って早口になってしまっている。けれど…ああ、コイツはやっぱり看護師なんだ。被害者の身元も調べないと。何とか調べて分かった。彼の名前は…万津莫《よろづ ばく》。皆の勇気と陶瑚の的確な指示のおかげで誰も犠牲にならずに済んだ。誘拐犯はお姉に殴り倒されたが。まあいいだろう。私も転倒したので一応、検査だけ受けることになった。今は彼のお見舞いをしながら検査の結果を待っている。しばらくするとある女の子が駆けてきた。
幸呼奈「ああ。貴方はもしかして妹ちゃん?」
「はい。妹の美浪《みなみ》です…」
息を吐いて…
幸呼奈「誠に!申し訳ございませんでした!」
美浪「女の子を助けて事故に遭ったって本当?」
莫「夢でできたんだから…現実でもできるかなって…」
美浪「だから言ったじゃない。現実でまで夢見ないでって!」
幸呼奈「夢って…エージェント…だよね?」
莫「…明晰夢《めいせきむ》って知ってますか?」
幸呼奈「自覚してコントロールできる夢のこと…だっけ?」
曰くこの万津莫さんはその明晰夢の能力があるらしく、極秘防衛機関Code《コード》に所属するエージェント、コードナンバー7という夢を毎晩見ているらしい。だから現実でも叶えたくなったのだ。
美浪「莫の運の悪さはね、ギネス記録級なんだから!」
2人に詳しく話を聞くと、これまでも人を助けようとしてぽちぽちこういうことが起きていたらしい。落雷被害に遭った中学時代。サメに大腿部を噛まれ、1ヶ月で歩けるようになった高校時代。隕石に接触し、肩を負傷した大学時代。それで生きてるの最早、幸運だろ。思いながらも黙っている。
美浪「莫は神様に見放されて、そういう星のもとに生まれちゃってるの!」
メチャクチャ言うじゃん。
美浪「何度も死ぬ思いして…それでも生きていられるだけでも幸せでしょ…?」
莫「夢は叶えなきゃ意味ないだろ…」
その後、病院の先生に家族が来てくれていること、私の体に異常がなかったこと、あの時、莫さんの応急処置を手伝ってくれた刑事さんが事件当時の詳しいことを聞きたいので現場に戻ってきてほしいと言っているという連絡を受けて現場に戻った。
「通ります」
女の人の声だ。あの人も刑事さんなのだろうか。こちらへ向かっている。
「富士見《ふじみ》課長ですか?」
富士見さんというのか。咄嗟の陶瑚の指示にも対応してくれたいい刑事さんだ。
「本日付で怪事課に配属になりました。南雲《なぐも》なすかです」
富士見「着任最初の仕事が取り調べとは災難だったな」
なすか「いえ。職務なので。取り調べですか?」
現場で取り調べとは。しっかり説明しなければ。
なすか「異能力で竹杖を使って空を飛んでたら急にコントロールを失ってぶつかった?」
すごい字面。自分で説明しておいて自分でも何を言っているのか分からない。
富士見「何でそんなことしてたんだ?」
幸呼奈「えっと…竹杖が…好きなので…」
史上最高に苦しい言い訳だった。私、幸呼奈は後にそう振り返るだろう。
なすか「異能力なんてものが実在するんですか?」
幸呼奈「はい。今、やってみましょうか?」
置いたままの竹杖を拝借。いや。拝借ではない。元々、私のものだ。
幸呼奈「と、このように普段ならコントロールが効くのですが…」
なすか「急にコントロールを失うなんてことがあり得るんですか?」
いいや。私もあそこまで完全にコントロールが効かなくなるのは初めてだった。
富士見「新人の君に理解できないのも無理はないが、この世には未だに解決されていない事件、ブラックケースが数多く存在する。不審死、失踪。そのケースは多岐に渡る」
なすか「我々、公安部が取り扱うということは、国家安全保障に関わる重大事件という認識で間違いないでしょうか?」
富士見「如何《いか》にも。手がかりはもう掴んでいる」
シゴデキっ!一緒に資料を見させてもらう。
幸呼奈 なすか「寝ている人の夢に…?」
富士見「悪夢からの侵略者。ナイトメアだ」
幸呼奈「ビンゴっ!」
なすか「は?」
幸呼奈「実は私も故あってブラックケースを追ってたんです!こんなところに答えがあるとは!」
そして話の結果、ブラックケースということで今回の事故の責任については目を瞑ってもらえることになり、2人と別れた。戻ってきた病院。彼は眠っていた。うなされていないだろうか。私と彼の胸に手を当ててみる。
幸呼奈「“そうして間もなく私の頭の上には朝の清新な太陽の濡れ輝いている夏の大空が、青く青く涯てしもなく拡がって行った。”…」
目を開くとそこは今までより明らかに薄暗い病室。ここは彼の夢の中。私は幻覚を見ている。彼はひたすらに悪魔のような化け物から逃げ惑っていた。追いついてみると、病室だと思ったら、今日歩いた道で、追い詰められた先の扉を開けたら彼の家であろうそこで、小路や路地裏並みに薄暗い。その先の道は今までよりも長く、薄暗い道が続いている。ひたすらついて行った先にあった扉を開けた先には柱にくくりつけられた朝、モニターで見たタレントの女の子がいた。
莫「ねむちゃん!」
ねむちゃん。彼女のことか。
ねむ「助けて!」
「所詮はお前の明晰夢…悪夢に変えてやる…」
そして莫くんは何のためかある場所に引っ張り出されていた。化け物からどんどん聞こえる彼の心も体も残らず蔑視する血の涙もない言葉。お前は深層心理の中で無意識に思っていた。どうせ夢なんて叶わない。自分には誰かを救う力はないと。
「何もできない…誰も救えない…究極の悪夢を目の当たりにするんだ…!」
そして莫くんの中の美浪ちゃんが彼女そっくりの声で言うのだ。
「何度も死ぬ思いして…それでも生きていられるだけでも幸せでしょ…?」
莫「それでも俺は生きてる」
「ああ。何の意思もなく…」
莫「否定できねぇな…でもよ…だったら俺の夢の中でくらい、夢を叶えたっていいだろ…」
「そうやって逃げてるだけだ」
莫「勝手に決めんなよ…俺の心は…俺が1番分かってる!」
彼は高い天井の灯りを取り、胸に当てた。その瞬間、私の方に向かってきた。その手を取るとまた新しい場所にいた。瞬間、私の後ろにまた別の扉が現れた。彼の手を引く。その扉の向こうは…。
「よくたどり着いた…」
莫「その声は司令官ゼロ!」
幸呼奈「司令官⁉︎ゼロ⁉︎」
ゼロ「ここはお前の深層心理の世界だ…」
人ではないことだけが明らかな彼からもらったアタッシュケース。中にはドライバー。そしてガチャガチャのカプセルのようなアイテム。
ゼロ「さあ。夢を叶えるんだ。健闘を祈る」
元の彼女…ねむちゃんが囚われていた場所を目指す。莫くんがナイトメアの銃弾から彼女を守る。
ナイトメア「お前に悪夢は止められない…」
莫「save the target.それが俺のミッションだ」
ベルトを胸に装着。私は彼ではないが、感じる。確かに鼓動が戻った。アイテムをはめて。
莫「I’m on it《さあやろうか》…( ボタンを押して) 変身っ!」
そしていきなり私に気づく莫くん。
莫「早く逃げて!」
幸呼奈「ありがとう。でも逃げるのはソイツ倒してからだね。お願い。イメージして。私も戦えるってところを」
ここが彼の夢の中で、彼が明晰夢の能力者ならできるはずだ。
幸呼奈「抜刀…!」
左手で刀を鞘から外すような動きをする。最初はエアーだったが、ゆっくりと形になっていく。そして言霊の力が集まり、鍔《つば》に歯車があしらわれた刃が錬成された。
幸呼奈「神の兵卒《へいそつ》が貴方を導くだろう…」
目が覚めた。ハッと思って周りを見渡すと莫くんもちゃんと目を覚ましている。美浪ちゃんも安堵の表情だ。
美浪「お兄ちゃん!」
莫「悪い夢を見た…でも俺、人助けできたよ…」
美浪「…いい加減にしろ。バカ兄貴」
あの後はグッチャグチャだった。夢の中だからできる戦い方。自分たちを縛ろうとした鎖で逆に相手を縛ったり、地面を湾曲させたり。そんな激闘の末、変身した莫くんのキックでとどめをさしてあの化け物を倒し、ねむちゃんも助かった。
なすか「私には理解できません」
外から声が聞こえる。刑事さんたちだ。まさか私を追いかけて来てくれたのだろうか。悪いことをしてしまった。
富士見「ナイトメアは実在する。信じられないなら先に帰れ」
なすか「はい」
ちょっと。
「心のみぞ知る…」
聞こえた!またあの声だ!
「夢が眠る時…世界が悪夢に目覚めると」
幸呼奈「莫くん。ちょっと胸見てみてくれる?」
莫「?」
ちゃんとある。変身に使ったベルト。そして新しいスマホも。
「Good morning. Code number7」
莫「夢じゃないっ⁉︎」
“真夜中に
心臓が一寸休止する
その時にこはい夢を見るのだ”
抜粋
芥川龍之介「杜子春」
夢野久作「怪夢」「猟奇歌」