テラーノベル
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――――――
スタジオの扉が、
小さく軋む音を立てて開いた。
若井だった。
完全に帰ったと思っていたのか、
二人の空気に一瞬、足を止める。
そして――
視界に入ったのは、
涙をこぼしたまま立っている涼ちゃん。
その瞬間、
若井の胸がひやりとする。
(……泣いてる)
声を荒げているわけでもない。
崩れ落ちているわけでもない。
ただ、
静かに、
でも確かに泣いている。
それが逆に、
心臓に悪かった。
「……」
若井は何も言わず、
鞄の中からティッシュを取り出す。
歩く音も抑えて、
そっと近づき、
涼ちゃんの視界に入る位置で差し出した。
「……これ」
短く、それだけ。
涼ちゃんは一瞬、
驚いたように目を見開いて、
それから慌てて視線を逸らす。
「……ごめん」
かすれた声。
若井は首を振る。
「謝ることじゃないでしょ」
声は低く、
落ち着いている。
元貴が何も言わずに一歩引いたのを見て、
若井は状況を察した。
全部は分からない。
でも――
今、ここで言葉を挟むべきじゃないことだけは
分かった。
涼ちゃんは、
差し出されたティッシュを
両手で受け取る。
指先が、
少し震えている。
若井は、
それを見て
胸の奥がきゅっと縮んだ。
「……さ」
間を壊さないように、
ゆっくりと言う。
「無理してる時の涼ちゃん、
分かりやすいんだよ」
責める響きはない。
ただの事実みたいに。
涼ちゃんの肩が、
小さく跳ねる。
「黙るし、
笑う回数減るし、
音に触る時間だけ増える」
「それ、
余裕ない時の癖」
元貴が、
わずかに目を伏せる。
若井は続けた。
「だからさ」
一歩、
距離を保ったまま。
「泣いてるの見て
ドキッとはしたけど」
ほんの一瞬、
苦笑する。
「でも、
やっと出たなって思った」
涼ちゃんの目から、
また涙が落ちる。
若井は、
それ以上近づかない。
触れない。
急かさない。
「ここ、
逃げ場にしていいから」
「二人とも、
いるし」
元貴が、
小さく頷いた。
涼ちゃんは、
ティッシュで目元を拭きながら、
ゆっくり息を吸う。
閉じていた空間に、
三人分の呼吸が重なる。
泣いていることを、
責められなかった。
見られても、
拒まれなかった。
それだけで、
涼ちゃんの胸は
少しだけ軽くなる。
――まだ、
全部は言えない。
でも。
ここにいていい、
そう思えた。
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