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例の見合いをしたあの日から数日後の昨夜、塚本から週末の予定を改めて確認するメッセージが送られてきた。
もちろん彼との約束を忘れてはいない。むしろ、気がつけばその日が来るのを楽しみにしている自分がいた。知らず知らずのうちに、その気持ちが顔や態度に出ていたのか、昨日の帰りのロッカールームでは、同期の堀田から何かいいことでもあったのかと、不思議な顔をされてしまった。
さて、本日の業務を終えて、私はパソコンの電源が落ちたのを確認し、椅子から立ち上がった。
堀田を含む他の女性職員たちはすでに退社した後で、営業職たちに混ざって残っていたのは私だけだ。上司たちに帰社することを伝えて、オフィスを出た。腕時計の時刻は七時を回っている。この時間塚本はまだ仕事なのかしらと、彼の顔を思い浮かべながらロッカールームを出て、ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込んだ。
一階に着いてからはロビーを抜けて外に出る。通勤で利用しているバスの停留所の方へ足先を向けた時、私に声をかける者がいた。
聞いたことがあるような、ないような声だ。誰だったろうかと訝しみながら振り返った。ビルと歩道の境界線の役目を担う花壇があるのだが、そこに見合いを断ったはずの佐山の姿があって驚いた。どうしてここにいるのかと、私の頭の中はあっという間に疑問符で一杯になった。
佐山は緊張した面持ちで歩いてきた。私の前で足を止め、自信なさげな上目遣いで挨拶する。
「遠野さん、こんばんわ。先日お会いした佐山です。覚えていらっしゃいますよね?」
私は戸惑いながら引きつった笑顔で返す。
「はい。先日は大変ありがとうございました。ところで今日はどうしてここに?」
間に従兄が入る形になりはしたが、見合いの件は伯母を通じてはっきりと断っている。それについてはあの日のうちに、誠人からメールをもらったから間違いないはずだ。
佐山が悲しそうに顔を歪める。
「今回の見合いの件は聞きました。遠野さんからお断りするとのお話があった、と」
「はい、伯母経由で、そのようにお伝えしたはずです……」
佐山は肩にかけていたリュックのショルダー部分をギュッと握りしめる。
「そのことなんですが、私にチャンスを頂けないでしょうか。実は月曜日からずっと、遠野さんに会えないものかと思って、ここで毎日待っていたんです」
「えっ!?月曜日からずっと、ですか?」
まるでストーカーのようですね、と口走りそうになったがそれを飲み込む。
「あの、でも、どうしてここだって分かったんですか?お会いした時に、特に会社のことなどはお話しなかったように思うのですが……」
あぁそれは、と佐山は事も無げに言う。
「今回見合いをするにあたって、森川さんからお相手のお名前などを伺った時に、どちらにお勤めなのかを教えていただいたので。遠野さんもそうだったのでは?とは言っても、森川さんは、遠野さんの会社名は覚えていなかったらしくて、金融関係だということと、この辺で一番大きなビルの中にある会社だと言ってらしたので、それで多分このビルかと目星をつけまして。たださすがに一社一社訪ねる勇気はなく」
「はぁ、なるほどですね……」
佐山は曖昧な伯母の話から私の職場に見当をつけたという。
それを聞いた私の眉間にはしわが寄りそうになった。しかし、かろうじて堪えた。見合いを断わられたにも関わらず、その相手の職場近くまでやって来て、いつ会えるかも分からないのに、ずっとこうして待っていたなんてあり得ない。気持ち悪いという感情しかなかった。
私の会社名をはっきりと覚えていなかった伯母に感謝したい。金融関係というあやふやなヒントを元にして、ビル内にあるそれらしき会社の中からその一社を積極的に探し出すような人でなくて良かったと、心底安心する。
とにかく、もう早く佐山を遠ざけたい、離れたいと思い、私はできるだけ丁寧な口調で、しかし改めてきっぱりと告げる。
「今回の見合いはもうお断りしたわけですし、今後このようなことはおやめ頂きたいです。申し訳ありませんが、私の返事が変わることはありません」
我ながらきつい言い方だったかとやや後悔した。しかし佐山にめげた様子は見られない。
「そんな風に早急に結論を出さずに、私たち、もう少し何度か会ってみませんか。そうだ。この後お時間があるのなら、食事に行きませんか?あの日ちょっと話しただけでしたから、もっと遠野さんのことを知りたいですし、私のことももっと知って頂きたい。そういった時間を重ねていくことで、この先、遠野さんのお気持ちだって変わるかもしれませんよね」
返事は変わらないと言ったのに、と苛立ちを覚えた。それを抑えながら、私は断定口調で再び彼に告げる。
「いえ、今後も気持ちが変わることはありません」
「それは、絶対に私のことを好きになることはない、という意味でしょうか……」
佐山はしゅんとして顔を伏せた。
その様子に、はっきり言いすぎてしまったかと申し訳ないような気持ちになりかけたが、自分の経験上、曖昧な態度を取るよりも絶対にいいはずだと思い直す。いずれにせよ、もうこれ以上佐山と話すことはない。私はぺこりと彼に頭を下げた。
「すみません。そういうことですので、私はこれで失礼します」
「ま、待って!」
佐山は慌てた声を上げて、私の腕をつかもうとした。
その手から逃れようとした時、「遠野さん」と呼ぶ声が聞こえた。いったい誰だろうと訝しみながら、私は声が聞こえた方に首を回した。驚いたと同時に、その偶然を天の助けと思う。足早に私の方へと近づいてくる塚本の姿が目に入ったのだ。
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