「さて、何処に行きましょうかね。
獄門島も八つ墓村も遠いですし」
バスに乗ってとりあえず、街に向かいながら壱花は言った。
「吉備津神社に行くんじゃなかったのか」
と横に座る倫太郎が言ってくる。
「吉備津の釜で占いでもしてもらおう。
こいつが部下なことは、俺にとって、吉か凶か」
と壱花を見ながら言い出した。
「いやあのー、あれ、祈願したことが叶えられるかどうかの占いですからね」
……どうでもいいんですが、近いですよ、と思う壱花は、倫太郎の罵詈雑言より、倫太郎との距離の方が気になっていた。
バス、ガラガラですよ。
なんで隣に座るんですか。
倫太郎の身体が大きいので、寒い窓際に寄ってみても、倫太郎の肩が触れてくる。
冨樫は隣の二人がけの座席にひとり悠々と座り、スマホで観光地など調べているようだった。
おのれ、冨樫さんめ、ひとり呑気にしおって、と思わず、怨念込めて見つめていると、冨樫がスマホを見ながら言ってきた。
「吉備津の釜ってあれですよね?
雨月に出てくるやつ」
そう。
吉備津彦命に退治された温羅が釜の下に埋まっていて。
その釜で温羅に捧げる食事を炊くと、温羅が願いが叶うかどうか、釜を鳴らせて教えてくれるというものだ。
鳴れば吉。
鳴らなければ凶。
吉備津神社で行われるこの鳴釜神事は雨月物語にも登場してくる。
「そういえば、友だちが雨月で卒論書いてましたよ。
どうしても『菊花の契り』でやりたいって。
……BL好きの友人なんですけどね」
「あれ、BLなのか?」
と眉をひそめる倫太郎に、
「まあ、読む人によっては」
と言ったりなどして、くだらぬ話をしている間に、バスは、どんどん山を下っていった。
「そういえば、お前は吉備津神社に行ったことがあるのか」
「それが一度しかないんですよね。
おばあちゃんちから比較的近いといっても、いろいろ乗り継いで行かないといけないんで。
そういえば、あのときは友だちと行ったんでした。
吉備津神社に行って、温泉に入って」
「ほう、温泉があるのか」
と倫太郎は興味を示す。
「大きな温泉施設が近くにあるんですよ」
えーと、と壱花が検索をかけると、その温泉施設付近の神社の回廊の写真が出てきた。
そうそう。
此処で写真撮ったんだったと思いながら見て、ん? と気づく。
「これ、吉備津神社じゃないっ。
あっ、備中国総社宮?
……私、何処に行ったんでしょう?」
と呟いて、知るかと言われる。
「あ、いやいや、待ってください。
わかりました。
どちらにも同じような長い回廊があるんですね」
とスマホで吉備津神社を調べていると倫太郎が、ひょいとそのスマホの画面を覗き込んでくる。
いやいや、だから、そうして、不用意に近づいてこないでください。
別に社長を好きとかじゃなくても、貴方のような人に間近に来られると、どきりとしてしまうではないですか、と微妙に逃げながら壱花は思っていた。
「でも、よく似てるから、写真で見ただけじゃ、どっちで撮った写真なのかわからないですね。
私、どっちに行ったのかなあ……」
記憶だけではハッキリしないので、自分が神社で撮ったときのを写真をスマホで探してみた。
だが、それを見ても、やっぱり、どっちのだか、よくわからない。
「……わかりました」
と壱花はそこで深く頷いた。
「なにもわかってなさそうだが、なにがだ……」
と倫太郎が訊いてくる。
「これはきっと、よく似た回廊を使ったトリックです。
吉備津神社の回廊に似た備中国総社宮の回廊で写真を撮って、吉備津神社だと思わせる。
そうっ。
実はこれは、仕組まれた壮大な密室トリックだったんですっ!」
と壱花は回廊の写真を倫太郎に突きつけた。
「……密室トリック」
と冨樫が呟き、
「……吹き抜けてるなあ、回廊」
と屋根と柱だけの回廊の写真を見、倫太郎が呟いていた。
いや……語呂がいいので、なんとなく……。
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