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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
791
#サレ妻
都築七美
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真尋は、立った。
末席で、黒い服の女が一人、立った。座敷の二十人が、その一人を見た。
「サインの前に、一円ずつ、確かめさせてください」
恭平が、言った。
「座れ」
「読ませてやれ」
上座から、声がした。博だった。新聞を折っていない手が、座卓の上に置いてある。
「読めばいいじゃないか、嫁さん」
村瀬が、大きい声で続けた。杖を、座卓に立てかけていた。
真尋は、紙袋から、清算書を一部、出した。表紙。『作成 神谷税理士事務所』『作成補助 篠原真尋』。
開いた。
いちばん小さい数字から。
「給食費、四千三百二十円」
座敷の誰も、何も言わなかった。
「毎月、二十七日。二〇二五年の四月から十月まで、四千三百二十円。十一月から、四千三百三十円。この九年、一円も、違いません」
真尋は、止まった。
恭平が、鼻で笑った。親戚の何人かが、顔を見合わせた。給食費の話を、誰も、聞きに来てはいない。それでいい。数字を、一つ、置いた。
「次。お義母さんへの、仕送り」
敏子が、真尋を見た。
「月三万円。毎月二十五日。二〇二三年の十二月から、今年の一月まで、二十六回。七十八万円。全部、家計の口座から振り込んでいます」
真尋は、ページをめくった。
「その口座には、二〇二三年の秋から、私のパート代を、毎月五万円から六万円、入れてきました。恭平さんの振込が、足りなかったので。仕送りの三万円は、二十六回とも、私のパート代から出ています」
真尋は、止まった。
待つ。言いたくなるが、言わない。
座敷の、何人かが、計算を始めていた。三万円が二十六回。五万円が二十六回。目が、上を向く。
敏子が、言った。
「え」
それだけだった。敏子は、恭平を見る。恭平は、見ない。
親戚の目が、敏子に向く。叔母が、小さく、「敏子さん」と言った。
真尋は、次のページを開いた。
「次。恭平さんからの振込」
三十三万円。二〇二二年の十月から、二十八万円。三十七か月。
「恭平さんの年収。二〇二二年、六百十八万円。二〇二四年、七百二十一万円。源泉徴収票の写しが、あります」
真尋は、数字を、一つずつ、置いていった。百八十五万円。立替、三十二回、九十七万円。学資保険、百三十万円。
「合わせて、四百十二万円。この四百十二万円は、私が使ったのでは、ありません。この家の家計に、入らなかった金です」
止まった。
座敷が、動かなかった。箸を持った手が、何本も、止まっている。
叔母が、恭平を見た。
「恭平。どういうこと」
恭平が、立った。
「そんな紙、誰が信じる。お前の上司が書いた紙だ。税理士の名前を貸してもらって、それっぽく見せてるだけだ」
真尋は、表紙を、恭平に向けた。
「書いたのは、私です」
「お前が書けるわけ」
「東和機工で、七年、経理をやっていました。結婚する前に。この九年は、家の分を、毎晩、書いていました」
恭平は、言葉を探した。見つからなかった。真尋は、待たなかった。最後の章を、開いた。
いちばん後ろの、別紙。
読まない。聞く。
真尋は、顔を上げて、上座の近くの、日焼けした人を見た。
「村瀬さん」
村瀬が、真尋を見た。
「お聞きしたいことが、一つ、あります。去年の、十月二十九日。水曜日です。恭平さんと、会食をされましたか。接待費、一万八千六百円、二名、村瀬工務店、村瀬様、と、恭平さんの会社の控えにあります」
村瀬の、箸が、止まった。
真尋は、待つ。
座敷の、誰も、動かない。瑠美が、敏子の隣で、恭平を見る。恭平は、真尋を見ていた。
村瀬が、言った。
「……十月二十九日は、入院しとった」
声は、大きくなかった。
「十月の二十七日から、二週間。腰の手術だ。姉さんも、見舞いに来た。十一月の頭に。な、姉さん」
敏子が、顔を上げた。
博は、動かなかった。
真尋は、何も足さなかった。別紙を、開いたまま、座卓に置いた。『10/29 接待 村瀬工務店 村瀬様 2名 ¥18,600』。その横に、真尋の字。『10/29(水)恭平 休み。「ゴルフの打ち合わせ」。立替 20,000(ゴルフ)』。
村瀬が、紙を見た。長いあいだ、見ていた。
恭平が、言った。
「お前」
声が、低かった。
「お前、それを、どこで」
真尋は、恭平を見た。
「あなたの、車の、青いファイルです。十一月十四日。結衣の着物を取りに行った日に」
恭平の顔が、動いた。何かを、思い出す顔だった。
真尋は、離婚届の横の、家計簿の九冊目を、手に取った。表紙が、波打っている。真尋は、最後のページを、開いた。
罫のない、一ページ。
赤ペンの字。十一月二日。
『離婚する。一円残らず取り返す。』
真尋は、それを、恭平に向けた。
恭平は、その字を、見た。
初めて見る字を見る、顔だった。十一月のどこかで、恭平は、この九冊目の余白を読んだ。四百十二万円と、内藤の名前を、そこから拾った。ただ、最後のページまでは、めくっていない。恭平の顔が、そう言っている。
真尋は、右手に、赤いボールペンを持っていた。借り物だった。
座敷の上座で、村瀬が、紙から目を上げた。
「恭平」
低い声だった。
コメント
1件
真尋さんが一つずつ数字を置いていく姿、本当に胸が熱くなりました。特に最後のページの『離婚する。一円残らず取り返す。』という一行、あの赤ペンの文字が脳裏に焼きついています。恭平さんがあのメモを読んでいなかった——その事実が、彼女の孤独な九年間を物語っていて、とても切なかったです。村瀬さんの「入院しとった」の一言も、絶妙なタイミングでしたね。