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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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魔王と大賢者。かつて存亡を賭けて争った二人の戦いが見られるのだと、イーリスはすぐに懐にあったポーションを飲み干して、「べ、勉強させてもらいます!」と思わず敬語が出てしまうほど興奮した。


それから急いでアーネストの傍に戻り、結界を張った。やや弱々しいが十分だ、とヒルデガルドはさらに巨大な結界を張り、イーリスたちをギリギリ範囲の外に置く。たとえ勝負中に結界が壊れても、二人は無傷で済む。


「ふっ、慎重じゃのう! しかし、それゆえ──本気が出せる」


「分かってるじゃないか。たまには悪くないだろ?」


竜翡翠の杖を片手に構えた。イルネス・ヴァーミリオンの強さはよく知っている。呼吸ひとつ丁寧でなければ、とても敵う相手ではない。身体強化もアーネストを相手にしたときとは比べ物にならない水準で行使する。


「では始めようか、イルネス!──〝ブリザード・ブレス〟」


振られた杖。薄青の魔法陣が生成され、吐き出された強力な魔力は周囲を瞬時に凍りつかせる冷気となって吹き荒び、竜巻のように渦巻いて直線状にイルネスへ襲い掛かった。しかし、小手調べ的に放たれた魔法は、薙がれた拳で振り払われる。


「出方を見るのは相変わらずじゃの。ならばこちらは……」


薙いだ拳が、ゴツゴツとした鱗に覆われる。爪は鋭くなり、肘から先は龍の腕そのものだ。初めて見る現象に、ヒルデガルドも目を見開く。


「《部分竜化《ドラグニカル》》。人間の姿でも儂がいつでも戦えるよう編み出したものじゃ。中々に美しいもんじゃろ? 見惚れるんじゃあないぞ」


驚異的な瞬発力は、地面をひと蹴りしただけで抉り、雷光のような速さでヒルデガルドの懐に飛び込んだ。顎に一発かましてやろうと振り上げられた拳は空振った。そこに彼女の姿はなくなっていて、イルネスはぎょっとする。


「危ない危ない……。避けたのに衝撃が」


「ちっ、そのわりにはけろっとしておるではないか」


「この程度ならな。しかし驚いた、そんなことが出来るのか」


「当然。儂こそはイルネス・ヴァーミリオン、竜の王なるぞ!」


自信たっぷりに叫び、再びヒルデガルドへ殴り掛かっていく。今度は彼女も逃げようとはせず、竜翡翠の杖を両手でステッキでも振るかのように軽やかに操り、イルネスの攻撃に合わせて魔力の壁で弾きながら、一瞬の隙を探す。


「ハハハハ! これじゃ、これじゃ! ぬしとの命懸けの戦いを思い出す! あの頃の儂は自分が最強と信じて疑わんかった!」


「それで? 結果にはどう感じたんだ」


イルネスの表情は、心底嬉しそうなものだった。


「実《げ》に恐ろしいほどの強さをぬしらに見た! 負けた時の悔しさはあれども、あのときほど愉悦に満ち、戦いそのものを求めたことはない!」


一瞬、イルネスはフェイントを掛けて油断を誘い、翡翠の杖を掴んでヒルデガルドの動きを止める。


「……しかし、のう。あのとき、ぬしに対する恐怖もあった。クレイではなく。ぬしはあまりに強すぎた。もはや人間の身にあらず、よく、儂を相手に〝どこにでもあるような魔杖《まじょう》〟で対等に戦えたものよ」


心が震えたのを覚えている。産まれて一度たりとも敗北を知らなかったイルネスが、ヒルデガルドの魔法を見たときに、自分よりも遥かに強力な魔力を持つ〝人間〟の存在を知り、わずかでも臆したのを今も後悔していた。


「儂はあの戦いで、人類殲滅を掲げて戦った。しかし、最後の最後で、儂はただ、ぬしに勝ちたいという一心になった。そのうえで敗北した。悔しくてたまらなかった。だからこうして蘇ったことが、今は嬉しくてたまらない!」


杖から手を離し、鋭い蹴りを打ち込んで飛ばす。


「──じゃからのう、ヒルデガルド。せめて、せめてもういちどだけ、悔いの残らぬよう、ここで本気を出させてもらう。どうか受け止めてくれ」


結界ぎりぎりに下がって立ち、遠く小さく見える距離で彼女を見据えて大きく息を吸い込む。空間がびりびりと震え始めて、ヒルデガルドは気配の正体に気付く。


「……来るか。五年ぶりに見るな」


威力は落ちている。それでも。


「君が望むなら、全力で迎え撃とう!」


イルネスは覚悟を決めて、吸い込んだ息を吼えるように吐く。


誰もが見惚れてしまうような美しい光景だった。咆哮と共に彼女から解き放たれた魔力の波は、魔物のものとは思えない虹色に光り輝きながら、結界の中にある大地や草木の全てを消し飛ばして粉々にしながら突っ切っていく。


その衝撃だけでヒルデガルドの結界をひび割れさせ、イーリスも咄嗟に自分の持つ魔力で限界まで身を守る態勢に入った。


「やはりデミゴッドだな。しかし、超えさせてもらう!」


ぐるんと杖を大きく回して、石突で地面を強く叩く。足下から大きく広がった金色の魔法陣が輝き、ヒルデガルドを守る強力な壁となってイルネスの咆哮を防ぐ。空気は震え、巨大な魔物でも走っているかのような──それこそドラゴン級の大きさをした──轟音が響き、草原は大きく揺れた。


結界はついぞ耐え切れず、ばらばらに砕け散ってしまう。イーリスとアーネストも、自分たちを守る結界が耐えきれるか分からずに、その場に伏せて目を瞑った。衝撃波は近くシャブランの森を騒がせ、動物たちはいっせいに逃げ出す。


砂煙は嵐の如く舞い上がり、やがて視界が開けたとき、イーリスがゆっくり起き上がって見つめた先には、ヒルデガルドとイルネスが互いに杖と拳を付き合わせて動きを止めている光景。二人の戦いの勝者は──。


「見事なり、ヒルデガルド。儂の負けのようじゃのう」


彼女の《部分竜化《ドラグニカル》》は解けていた。既に咆哮のために放った魔力で、彼女にはまともに戦うだけの余力がなかった。


「これで、儂の闘争への未練も消え失せた。……礼を言う」


「私こそ君と戦えてよかった。また良い経験をさせてもらえたよ」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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