朝が来た。依然として白髪の人間は目を覚まさない。
ジーク「おーい、ベツさーん。起きてー。 」
ベツレヘム「んへへ…もうたべれにゃ…むにゃ…」
ジーク「昨日の今日でこれとは…猫獣人がよく寝るのは知ってたけど肝が据わり過ぎじゃないか?」
ジークがベツレヘムを起こしていると、テントの中からアリィが出てくる。
ジーク「アリィ、どうだ?」
アリィはただただ首を横に振る。
ジーク「そうか…。」
ジーク「俺は罠の様子を見てくるから引き続き看病を頼む。」
アリィ「うん。」
そう言ってアリィは再びテントの中に入っていく。テントの中には男とも女とも言えない顔立ちの白髪の人間が横たわっていた。
アリィ(この人は未だに、目を覚まさない。…それに、ポルポルが見当たらない。 )
「…どこに行っちゃったんだろう…。」
ベツレヘム「どうしたんですか?」
アリィ「ひゃあ!?起きたの!?」
ベツレヘム「あ、はい。驚かせてしまいましたね…。その人まだ目を覚まさないんですか?」
アリィ「う、うん。」
ベツレヘム「ちょっと失礼します。」
そう言ってベツレヘムは白髪の人間と、アリィの額にそれぞれ手を当てる。
ベツレヘム「…この方、熱がありますね。」
アリィ「熱…あの、ところで私の額に当ててるこの手は一体…」
ベツレヘム「獣人は平均体温が人間と違いますから。」
アリィ「あ、成程。それじゃあ私薬草のスープを作るよ。」
ベツレヘム「はい。私、近くで水を汲んできます。ついでにジークさんの様子も。」
アリィ「お願い。」
ジーク「…これもダメ。はぁ…。」
ベツレヘム「ジークさん。」
ジーク「んあ?これ外れねぇぞ。」
ベツレヘム「ジークさーん。」
(…こりゃ集中してて聞こえてないな。)
ベツレヘム「ジークさん。」
ベツレヘムはジークの名前を呼びながら右肩をつつく。
ジーク「うわぁっ!?」
するとジークは慌ててベツレヘムを押しのける。驚いたベツレヘムの毛が逆立ち、尻尾が膨らむ。
ジーク「はっ…はぁっ…あ…ベツさん…すみません…。」
ベツレヘム「…いえ、お気になさらないで下さい。驚かせてしまってすみません。なにかお手伝い出来ることは…ジークさん?」
ジーク「……すこし、待って…ヒュ…すぅ…はぁ…」
ベツレヘム(過呼吸…?でも落ち着いている…何度もなったことがあるんでしょうか…。)
ベツレヘム「あの…ごめんなさい…」
ベツレヘムが謝るとジークは静かに首を横に振る。
ジーク「気にしないでくれ。これは俺の問題だから。こ、今度からはなるべくでいいから話しかける時は左側から頼む。」
ベツレヘム「わ、わかりました。」
ジーク「手伝って欲しいことだったよな。やることは終わったから、 ごめん少し…俺から見て右手を握って誘導して欲しい。」
ベツレヘム「?わかりました。」
(少し顔が青ざめている…?)
ベツレヘム「ただいま戻りました〜。お水も持ってきましたよ。 」
アリィ「あ、おかえりなさ…」
アリィがジークの右手を見て、その直後にジークの顔を見ると血相を変えてジークの元に駆け寄る。
アリィ「ジーク!なんでこんな無理してるの!?」
ベツレヘム「えっ!?え!え?どういうことですか!?」
ベツレヘムがジークの顔を見ると、ジークはかなり青ざめていた。よく耳を澄ますと、ずっと息をなんとか吸おうと短い呼吸音が鳴っていた。ベツレヘムが驚いたことで、ジークは更に過呼吸の症状が重たくなる。
アリィ「…ジーク、座れる?」
そうアリィが聞くと、ジークはなんとか座り前屈みになる。
アリィ「ベツさん、少し席を外して欲しい。 白髪の人の首に、薬草を潰したものがあるからそれを塗って欲しい。」
ベツレヘム「あれ、スープは…」
アリィ「ごめんね、後で説明する。 」
ベツレヘム「分かりました!」
そう言って、ベツレヘムはテントの方に向かっていって席を外した。
ジーク「ヒュ…ヒュー…」
アリィ「ジーク、大丈夫だから。私だけを見て。」
ジーク「アリィ…」
ジークは声を震わせながら、アリィの方を見つめる。
アリィ「大丈夫、ここにいるよ。ずっといる。ジーク。」
次第にジークの呼吸が落ち着いていった。
ベツレヘム「あの…」
ひょこっとベツレヘムが顔を出す。
アリィ「ああごめんね。伝え忘れて、もう大丈夫。ジークは今は、少し寝てる。」
ベツレヘム「そうですか…その…ごめんなさい…。」
アリィ「気にしないで。ベツさんも驚いたよね。これは事前に伝えなかった私達の落ち度でもあるもん。謝らないで。」
ベツレヘム「でも…」
アリィ「ジークも気にしてないって、言ってたよ。」
ベツレヘム「…。」
アリィ「ジークのこと、テントに運べる?」
ベツレヘム「はい。」
アリィ「じゃあお願い。その後に説明するから。」
ベツレヘム「分かりました!」
そう言ってベツレヘムはジークを運ぶ。
アリィ「ジークね、私なんで無理をしたのか聞いたの。」
ベツレヘム「はい。」
アリィ「そしたらね、他の人が倒れてるのに自分まで体調崩したら迷惑かけると思ったんだって。全く…バカだよね。そんな事で迷惑だなんて思わない。それに…私はそんなことよりも、もし間に合わなかったらと思うと、また置いていかれたらと思うと、怖くて仕方がない…。」
ベツレヘム「アリィさん…。」
アリィ「人ってね、過呼吸でも死ぬんだ。」
そう言ったアリィの両手は僅かに震えていた。
ベツレヘム「…私、獣人なのに気付けませんでした…。」
アリィ「自分を責めないで、ベツさん。ジークは昔からこういう隠し事だけは上手なんだ。もっと下手になって欲しいよ。」
ベツレヘム「ふふ…。」
アリィ「どこから話せばいいかな…ジークの事から話そうかな。」
ベツレヘム「お願いします。」
アリィ「ジークはね、右目が見えないんだ。」
ベツレヘム「え…」
アリィ「…詳しい事は言えないけれど、私を庇ってジークは昔右目が見えなくなったんだ。…皮膚が爛れて、くっついてもう…二度と右目は開けられなくなった。…昔は見えてた分、余計に怖いらしいんだ。視覚外からの接触が。ごめんね、ちゃんと言うべきだった。 」
ベツレヘム「そう…だったんですね。」
アリィ「あ、スープに関しては今日の私達のご飯になりました。」
ベツレヘム「!?」
アリィ「ほら。」
そう言ってアリィは鍋の蓋をパカッと開ける。
ベツレヘム「うわぁ〜!美味しそじゃなかった!あの…あの人は食べなかったんですか?」
アリィ「うん。食べれないって言ってて…他のものも試したけど全部ダメで…食事自体出来ないって言ってて…」
ベツレヘム「食事ができないって…どういうことですか?」
アリィ「よく分からない。でも本当の事を言ってるようで…。」
ベツレヘム「んんん一体何者なんでしょうねえ…。」
アリィ「さぁ…。」
ベツレヘム「あ、そういえば首に薬草を塗ったのは…」
アリィ「『風邪をひいた時はネギを巻くといい』って聞いたことない?」
ベツレヘム「ありますが…」
アリィ「あれはね、理由があるんだよ。首は神経が集中してて、尚且つ皮膚が薄いんだ。体内から直せないなら外部から浸透させなきゃいけない。それでベツさんにああ指示したんだ。」
ベツレヘム「すごい…頭がいいんですね!私の友人みたいです!」
アリィ「そうなの?ふふ、ありがとう。免疫力を上げるためにも食事した方がいいんだけどね…。」
ベツレヘム「…仕方がありません。私、白髪の方の様子を見てきます。」
アリィ「うん、お願い。」
(…性別の分からない声色と顔立ち…食事自体が出来ない…一体…あの人は…)
ベツレヘム「アリィさん。」
アリィ「どうしたの?ベツさん。」
ベツレヘム「診て貰えませんか。その…熱がかなり上がってるようで…私でも熱いと分かるくらい…。」
アリィ「え…?」
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