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崩れた砦、あるいは瓦礫の寄せ集め。新カードロアと称される奇妙な集落へとやってくる。砕けた石材や煉瓦の他に、とても建材には見えない自然なままの石や木を積み上げて、何とか建物の体裁を保っているという風情である。それ以外にも、慈悲の笑みを浮かべる女神の偶像が柱になり、元は扉だったらしい焦げた板材が壁になり、細い溝の刻まれた屋根瓦が床材になっている。かつて存在した立派な街の部品を寄せ集めて新カードロアは築かれているのだ。


砦には多くの人々が生活していた。しかし皆が異様に静かで活気と呼べるものがない。誰も無駄口を叩かず、走る者もいない。脱ぐのが大変そうな長靴は羊毛か何か柔らかい素材を靴裏に使っているらしく、足音もほとんど聞こえない。身に着けている衣服が地味な色合いなのは呪いと無関係だろうが、その静けさに一役買っている。動く死体の次は幽霊の街か、という不謹慎な考えから逃れようとユカリは集落をよく観察する。

もちろんそれは生きている人々で、もの静かささえもが生きる知恵なのだ。些細な怪我が命取りになり、集落の全滅へと繋がる。争いなど以ての外であるし、慌てて怪我するくらいなら鈍間なくらいのんびりした方が平和を保てるのだ。


新カードロアが『虚ろ刃の偽計』の呪いの中でどのように成立しているのか、ユカリと自称ラミスカはパジオに質問攻めする。


瓦礫の街は細かくいくつもの区画に分かれていて、それはいざ呪われた者がいた時に隔離するための仕組みだ。区画を隔てる壁は高く、比較的頑丈であり、平時の通路はいざという時に強固な扉で閉じることができる。

またそこかしこに癒しの魔術の心得がある衛兵が目を見張り、壁の上の足場からも監視者が市民に目を光らせている。あの呪われた死者たちに特有の訓練された兵士の行進の如き挙動を見逃さないようにしているのだ。自称ラミスカのように全身にあらゆる種類の癒しの魔術を行使するまではいかなくとも、どこを怪我しているかが分かれば、あるいは時間をかければ呪いから解放することは可能なのだ。

当然、逆に、呪われていない人々の営みも自ずと規定される。きびきびとした動きはこの土地の人々にとっては死につながる忌まわしい振る舞いだ。自然、あまり手足を大きく動かさない振る舞いを推奨される。呪われていると疑われても面倒なことになる。


やっぱり幽霊みたいだ、とユカリは思った。


「あんたたちはこの街の久々の客人でそのうえ私の命の恩人だ」パジオがユカリとソラマリアとついでに自称ラミスカと触れるか触れないかのそっとした握手をする。「もちろん旅人の宿なんてものはない街だが、屋根と壁と寝台くらいは用意できる。困ったら訪ねてくれ」


そう言い残してパジオは通りの向こうへと去った。


「さて」と言いつつユカリは自称ラミスカの方をじろりと見る。「ラミスカさんは何の用でカードロアに?」

「用事は色々あるけど、一番具体的な目的は巨人の遺跡かねえ。風の噂で聞いたんだ。クヴラフワのあちこちで巨人の遺跡が出現してるってね」


リーセル湖の畔でモディーハンナとサイスの会話を盗み聞いていた時のことを思い出す。救済機構もまた巨人の遺跡を探している様子だった。まさか自称ラミスカが救済機構の関係者だとは思えないが。


「巨人の遺跡に何の用ですか?」とユカリは追撃する。

「ユカリこそクヴラフワに何しに来たのさ」と自称ラミスカは反撃する。

「答えなきゃ駄目ですか?」

「あんた、ひとには聞いておいてそりゃないよ」


ユカリはささやかな自己嫌悪に陥る。確かにずるい話だ。そして迂闊だった。

ソラマリアの深い海の瞳は語っている。お前が決めることだ、と。


ユカリは人通りを気にして声を潜める。「魔導書を探しています」


それを聞いても自称ラミスカは特段表情には出さない。あるいは魔法少女ユカリの悪名も耳にしているのかもしれない。既に初めて会った時から一年近く経っている。無理からぬことだろう。


自称ラミスカも声を小さくする。「ミジームやマデクタにも魔導書関連で来てたのかい?」

「そうですね。どちらも偶然立ち寄ったらあったんですけど」

「偶然?」と自称ラミスカは訝しむ。ベルニージュと同じような反応だ。


これまでにもユカリが魔導書に巡り合う理由、仮説をベルニージュはいくつも聞かせてくれた。魔導書に導かれているだとか。魔導書の気配とは別にユカリ自身が惹かれているだとか。どれももっともらしくて、しかし決め手に欠けていた。


「それで? この街のどこに魔導書があるの?」


いくらなんでもそこまでは話せない。こちらもまだ巨人の遺跡を訪れる理由は聞いていない。ユカリは拒絶を示すように一歩退く。

よくよく考えてみれば、魔法使いに話すべき内容ではなかった。しかし自称ラミスカは、当然答えてくれるだろうという期待の眼差しをユカリに向けている。

どうかわしたものかとユカリが迷っていると、ソラマリアが助け舟を出してくれる、自称ラミスカに。


「ラミスカは命の恩人だ。ユカリもまたそうだが。無碍にはしないで欲しい」


そう言われてユカリは少し気が楽になった気もした。これ以上敵対者など増やしたくないからだ。


「まだ仮説の段階ですが」とユカリはこれまであった出来事を含め、掻い摘んで話す。

全てを聞くと自称ラミスカは感心したように何度も頷く。「祟り神の調伏、もしくはそれに加えて土地の解呪か。魔導書ってのは随分ともってまわったことをさせるんだね」


それは魔導書による、ということをユカリは話さない。


「それじゃあまずは土地神について調べるんだね?」と自称ラミスカは確認するように尋ねる。

「そうですけど。え? 協力してくれるんですか?」

「もののついでさ。新カードロアの人らに巨人の遺跡について話を聞くつもりだったからね。良ければそっちも巨人の遺跡についてついでに聞いておいてよ。手分けすれば早い。だろ?」

「そうですね。助かります」

「ところで、聞いて良いのか迷ったんだけど」と自称ラミスカが切り出し、ユカリとソラマリアは続きを待つ。


聞いて良いのか迷ったりするんだ、とユカリは思った。


「ベルニージュとケブシュテラはどうしたんだい?」


あまり聞かれたくないことだった。




三人は待ち合わせ場所を決めて別れる。ユカリは瓦礫造りの街へと紛れ込む。


どこか迷宮都市ワーズメーズと似て、混沌としている、が違いは大きい。迷宮都市のつかみどころのない雰囲気とは違い、こちらはまるで歴史の重みを持つ山の如き泰然とした雰囲気がある。明らかに迷宮都市の方が遥かに大規模で長い歴史を持っているはずなのだが、あるいは知らず知らず、地平線の端から端まで広がっていたかつての都市カードロアの面影を覗き見ているのかもしれない。

色褪せた花崗岩の橋桁や神秘を失った神殿の柱、立派だったろう古びた城門の一部や錆びついた鉄製の螺旋階段。様々な街の部品がそのままに、あるいは切り分けられて、改めて組み上げられ、砦の建材に使われている。


ユカリもまた街の住人の振舞いに倣って静かに忍びやかに霧か影か幽霊のように通りを行く。


ふと、戦争で死んだ都市の骸が解体され、積み上げられているのだという発想がユカリの脳裏に忍び込んできて、居心地が悪くなった。


レモニカは留守番をしていること、化け物ちゃんケブシュテラは偽名みたいなものだということを自称ラミスカに教えた。それに対して自称ラミスカは特に思うところはないようだった。むしろソラマリアが苛立っているようだった。そしてベルニージュとははぐれてしまったのだということも、もう一人のラミスカに教えた。


もう一人のラミスカはラミスカユカリを励ましてくれた。「そう簡単に死ぬたま・・じゃあないよ、あの子は」


ユカリも同感だった。それでもユカリは、ユカリ自身も知らず知らずの内に土地神のことよりも記憶喪失の赤髪の少女のことを人々に熱心に尋ねてまわっていた。


ケドル領の土地神もまた今も変わらず崇められている。巨剣ヒーガス。それが神の名だった。パジオの一族が奉っているが、特に問題は起きていないらしい。しかしこの土地の呪い『虚ろ刃の偽計』と無関係とも思えない。むしろ洞窟と闇、湖と蟲に比べれば剣と刃は同じようなものだ。


最後に砦の中心部にあるシシュミス教団の神殿を訪れる。他に比べれば形を保った建材を使い、それなりに秩序だった瓦礫の山だ。

しかし瓦礫の壁にぐるりと囲まれ、瓦礫の門に堅く閉ざされている。呼びかけるが誰も出て来ない。


「お留守ですね」と残念そうに呟いたのはハーミュラーだった。


もはやユカリは幻聴に驚くこともなく、幻視を観察する。相変わらず霧や影や幽霊と比べても実体間のある幻視で眩暈を感じる。


そのハーミュラーはかなり疲れているようだった。前に見かけたモディーハンナと同じく目の下に隈ができて、なお悪いことに蝋のような顔色になっている。昔からずっとクヴラフワ救済のために働き、無理をしてきたらしい。今のハーミュラーからは想像もつかないやつれ方だ。


「ええ、ここです。きっと居留守に違いありませんね。パジオさんは、何かと、我々に思うところがあるでしょうし」


ここはシシュミス教団の神殿ではないのだろうか、とユカリは首を傾げる。少なくとも昔はパジオの邸宅だったらしい。


言われてみれば、とユカリは気づく。今までは教団が土地神を奉っていた。しかしシシュミス教団が立ち上がったのはクヴラフワ衝突以後のことで、それ以前は諸侯国それぞれに巫女の家系があり、

各々が土地神を奉っていた。だとすればパジオやその家系はシシュミス教団に乗っ取られた形なのだろうか。


ユカリが聞いた限りではパジオはそのような口ぶりではなかった。本当に軒を貸してくれるのだろうか、とユカリは首をひねる。


見えない誰かに耳を傾けるハーミュラーは今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべている。


「見ためよりは元気なんですよ。でも、……そうですね。パジオさんを説得できたなら、明日は休みましょう」ハーミュラーが自分自身にだけ囁くような声をユカリは聞き取る。「……クヴラフワ救済を一日先延ばしすることをシシュミス神は許してくださるでしょうか」


そうしてハーミュラーは目の前の閉ざされた扉を無気力な表情で見つめ、姿を消した。


時間も迫っていたのでユカリは諦めて待ち合わせ場所に戻る。結局ベルニージュに繋がりそうな情報は少しも得られなかった。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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