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第五章 封じられた真実
第四話 黒い少女と英雄譚
その夜、ハヤトは再び皇室地下書庫へ降りていた。
静まり返った空間。
古紙の匂い。
ランプの灯りだけが、薄暗い書庫を照らしている。
「……まだ何かあるはずだ」
小さく呟き、ハヤトは再び記録を読み始めた。
最近の事件。
城下での魔物出現。
行方不明者。
共通点は見え始めている。
だが、決定的な何かが足りない。
ハヤトは年代をさらに遡っていく。
五十年前。
百年前。
二百年前。
やはり事件はある。
だが、古い記録になるほど、頻度が減っている。
「……少ない」
魔物出現自体が、今より遥かに少ない。
そう思った時だった。
さらに古い記録へ手を伸ばす。
約三百年前。
羊皮紙の劣化した古い資料。
ページを開いた瞬間。
ハヤトの指が止まった。
「……なんだこれは……!」
異様だった。
魔物出現件数が、今とは比較にならない。
日によっては、同日に複数の被害が発生している。
『南区画にて魔物二体出現』
『北門付近にて魔物五体確認』
『城外街道にて旅人襲撃』
『行方不明者三名』
まるで帝国全体が、闇に覆われていた時代。
ハヤトは眉を寄せながら、さらにページを捲る。
そしてある記述で、手が止まった。
『◯月◯日』
『城外の森にて、黒い少女を発見』
ハヤトの目が細まる。
『旅人を襲うとの通報により、兵士が現地へ向かう』
『少女を捕獲』
『影を操る』
『影を呼び寄せる』
「……影」
胸の奥がざわつく。
『被害はなし』
「……なし?」
記録を読み返す。
何かがおかしい。
少女は危険な存在として扱われている。
誰もが知る、黒髪黒眼の”厄災”として。
しかし記録上、彼女による被害は残されていない。
続きへ目を移す。
『少女を北幽閉塔へ監禁』
#見て
.
22
『毎夜、周囲より影を呼び寄せている模様』
『危険性高し』
『厳重監視を継続』
ハヤトはページを戻る。
少女が現れる前、魔物事件は異常なほど多い。
だが、少女が幽閉されて以降。
魔物の記録だけが、不自然なほど減っていた。
「……」
窃盗。
暴力事件。
商人同士の揉め事。
酔っ払いの乱闘。
日常的な事件は残っている。
だが、魔物関連の事件だけが消えている。
ハヤトの鼓動が速くなる。
「まさか……」
さらに半年後の記録。
その瞬間、ハヤトの手が止まった。
『北幽閉塔にて異変発生』
『塔内部より大量の魔物発生』
『兵及び魔導師三十七名を動員』
『負傷者多数』
『討伐難航』
ランプの火が揺れる。
静かな地下書庫で、ハヤトの息を呑む音だけが聞こえる。
そして、最後の一文。
『その後、皇子を筆頭とした五人の精鋭により討伐成功』
ハヤトの黄金の瞳が大きく見開かれる。
「……まさか」
脳裏へ、幼い頃から聞かされてきた伝承が蘇る。
光の英雄譚。
五人の英雄。
闇を討った、太陽の皇子。
帝国建国史の中でも特に有名な伝説。
――闇の化身を、光が滅ぼした。
けれど、目の前にある記録は、どこか違って見えた。
黒い少女。
影を呼び寄せる存在。
彼女が現れた後、魔物被害は減っている。
そして、幽閉塔で大量の魔物が発生した。
まるで、何かを封じ込めていたものが、そこで溢れ出したように。
ハヤトの胸が強くざわめく。
「……なんなんだ」
静かな書庫で、誰にも届かない声だけが、ぽつりと落ちた。
ハヤトは、しばらくそのページを見つめていた。
『皇子を筆頭とした五人の精鋭により討伐成功』
それだけ。
肝心の“その後”が、どこにも書かれていない。
「……おかしい」
低く呟く。
他の事件記録は、もっと細かい。
被害人数、負傷状況。
街への影響。
時には、被害者の身元や家族構成まで残されている。
なのに、幽閉塔の事件だけ、不自然なほど簡潔だった。
まるで、これ以上残したくなかったみたいに。
ハヤトは静かに息を吐き、さらにページを捲る。
その後の記録。
窃盗、喧嘩、火災。
日常の事件ばかり。
なぜか、魔物関連だけが完全に消えていた。
「……ない?」
一件も。
魔物出現記録が無い。
数ページ。
さらに数十ページ。
年代は進んでいるのに。
魔物事件だけが存在しない。
静かな地下書庫で、紙を捲る音だけが響く。
やがて、ハヤトの手が止まった。
『城外北方森林地帯にて、魔物一体確認』
短い記録。
けれど、そこには確かに、再び“魔物”の存在が記されていた。
年代を見る。
幽閉塔事件から、約百年後。
ハヤトの目が細まる。
さらに読み進める。
最初は、数年に一度。
小規模な出現。
だが、年代が進むにつれ、記録は少しずつ増えていく。
『旅人襲撃』
『魔獣討伐』
『行方不明者一名』
『瘴気濃度上昇』
ぽつぽつと、静かに、けれど確実に。
何かが再び動き始めている。
そして、最後のページ。
年代を確認した瞬間、ハヤトは気付いた。
それは、先ほど読んでいた記録簿へ繋がっている。
つまり、二百年前を境に、そこから現在まで、魔物事件は少しずつ増え続けている。
ハヤトの喉が、小さく鳴った。
「……似ている」
三百年前、異常なほど発生していた魔物、行方不明者。
そして、今。
同じように増え始めている魔物。
まるで、何かが再び始まろうとしているみたいに。
地下書庫の冷たい空気が、急に重く感じた。
ハヤトはゆっくり目を閉じる。
脳裏へ浮かぶ、黒い少女。
『被害は――なし』
あの一文。
そして、魔物が消えた百年。
「……お前は、一体何だったんだ」
答えはない。
けれど、ハヤトの胸のざわめきだけが、静かに大きくなっていった。
コメント
3件
黒い少女が何なのか、魔物との関係とか色々気になる事ばかりです。 comiさんのこのお話毎日楽しみにしてます!
comiさん、第47話読みました…! ハヤトが地下書庫で辿った記録、一つひとつが重くて、読んでるこっちまで息を詰める感じでした。特に「黒い少女の被害記録が一件もない」のに「厄災」として扱われてる矛盾がすごく胸に刺さって。“お前は、一体何だったんだ”——ハヤトのその問いかけに、私も同じ気持ちになりました。闇を抱えた存在の真実が少しずつ見えてくるこの構成、本当に好きです。次が気になって仕方ない…!🥀