テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜久瀬
3
借り物競走の熱気が残る中、
次の注目競技――騎馬戦が始まろうとしていた。
グラウンドには各クラスの騎馬が並び、
緊張感のある空気が漂っている。
ひなはDクラスのテントから、
その様子を見つめていた。
視線の先には、
騎馬の一員として静かに立つ 綾小路清隆 の姿。
借り物競走の時の余韻がまだ胸に残っている。
けれど彼は、
まるで何事もなかったかのように落ち着いていた。
それが、綾小路くんらしかった。
「ひな、また綾小路のこと見てるでしょ?」
軽井沢恵 がにやにやと笑う。
「う、うん……ちょっと心配で」
「大丈夫だって。あいつ、こういう時ほどすごいから」
桔梗ちゃんも優しく頷いた。
「綾小路くんならきっと何か考えてるよ」
ひなは胸の前で手を握りしめ、
小さく「頑張って」と呟いた。
競技開始の合図とともに、
各クラスの騎馬が一斉に動き出す。
砂煙が舞い、
歓声がグラウンドを包み込む。
Cクラスの 龍園翔 は、
鋭い視線で全体を見渡していた。
激しい攻防の中でも、
綾小路くんは必要以上に目立つことなく、的確に動いている。
ひなには詳しい作戦まではわからない。
けれど、
彼が静かに状況を読んでいることだけは伝わってきた。
「あ……!」
一瞬、相手の騎馬が大きく接近する。
ひなの心臓が跳ねた。
だが綾小路くんは慌てることなく、
最小限の動きで体勢を立て直す。
無駄のない動き。
周囲の混乱の中でも、
彼だけが別の時間を生きているようだった。
やがて競技終了の笛が鳴る。
Dクラスの生徒たちから歓声が上がった。
結果は上々。
堀北さんを中心とした作戦も功を奏し、
クラスにとって大きな得点となった。
ひなは思わずほっと息をついた。
競技後、
綾小路くんがタオルで汗を拭きながらテントへ戻ってくる。
ひなはそっと近づいた。
「お疲れさま」
「ああ」
いつも通りの短い返事。
けれど、
彼はひなの顔を見て一瞬だけ足を止めた。
「心配していたのか」
「……少しだけ」
そう答えると、
綾小路くんは小さく視線を和らげた。
「問題ない」
たった4文字。
それだけなのに、
ひなの胸の不安はすっと消えていく。
「うん」
「次の障害物リレー、お前の番だな」
「見ててくれる?」
ひなが恐る恐る尋ねると、
彼は少しだけ間を置いて答えた。
「ああ」
それだけで十分だった。
騎馬戦という静かな戦場で、
綾小路清隆はいつも通り目立たず、
しかし確実に役割を果たした。
多くを語らなくても、
その背中はひなに安心を与えてくれる。
次はいよいよ、
あたしが走る番。
彼の「見ている」という言葉を胸に、
あたしは新たな競技へと向かっていくのだった。
コメント
1件
お疲れさまです、ひなさん🌷 今回の騎馬戦、ひなさんの綾小路くんを見つめる視線がすごく丁寧に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。「心配していたのか」のたった一言で、ひなさんの中の不安がほどけていく感じ、すごく共感できます。あの短いやりとりが「二人だけの時間」に思えて、読んでいるこちらまで温かくなりました。 次の障害物リレー、ひなさんの走る姿も楽しみです✨