テラーノベル
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体育祭から一週間が過ぎた。
秋の空気は少しずつ冷たさを増し、
校舎の窓から差し込む日差しにも柔らかな色が混じり始めている。
ひなは朝から、どこか落ち着かなかった。
昨日の放課後、
綾小路くんに言われた言葉。
『明日の昼休み、時間はあるか』
その一言が、
ずっと胸の中で反響していた。
授業中も、
ノートを取りながら何度も考えてしまう。
(何の話だろう……)
悪いことではないと思う。
けれど、
綾小路くんから改まって呼び出されるのは珍しい。
期待と緊張が入り混じり、
心臓が落ち着かない。
昼休みのチャイムが鳴る。
「ひな、行っておいで」
恵ちゃんがにやりと笑う。
「帰ってきたら全部聞かせてもらうからね」
「頑張ってね〜!」
桔梗ちゃんの応援に、
ひなは頬を赤くしながら教室を出た。
待ち合わせ場所は、特別棟の屋上。
風の音だけが静かに響く場所で、
綾小路くんはフェンスにもたれながら空を見ていた。
「来たか」
「うん……待った?」
「いや」
いつものように短い会話。
それなのに、
二人の間には不思議な安心感があった。
しばらく並んで昼食を取る。
ひなが作った小さなお弁当。
綾小路くんは購買のパン。
風に揺れる白い髪を、
彼は一瞬だけ見つめていた。
「最近、話しかけられることが増えたな」
「……うん」
体育祭以降、
クラスメイトだけでなく、
他クラスの生徒からも声をかけられることが増えていた。
「悪いことではない」
綾小路くんは淡々と続ける。
「お前が周囲に認められ始めた証拠だ」
その言葉に、
ひなの胸が温かくなる。
「でも、無理をする必要はない」
「え?」
彼は視線を前に向けたまま言った。
「苦手なことを克服するのはいい。だが、自分を追い込みすぎるな」
ひなは驚いた。
まだ何も話していないのに、
まるで心の中を見透かされたようだった。
「……実は、少し考えてたの」
「何をだ」
「男の人ともっと普通に話せるようになりたいって」
自分の過去を思い出しながら、
ひなは小さな声で続ける。
「綾小路くん以外にも、ちゃんと向き合えるようになりたい」
彼はしばらく黙っていた。
風が二人の間を吹き抜ける。
やがて、
綾小路くんは静かに口を開いた。
「それは、お前自身が決めることだ」
「うん」
「だが」
そこで一度言葉を切り、
ひなの紫の瞳をまっすぐ見つめる。
「無理だと思ったら、すぐに離れろ」
その声には、
いつもより少しだけ強い響きがあった。
「お前が安心できない状況にいる必要はない」
ひなの胸が高鳴る。
それは忠告であり、
同時に彼なりの気遣いでもあった。
「……うん」
ひなが頷くと、
綾小路くんは視線を戻した。
「もし何かあれば、連絡しろ」
「え?」
「すぐに行く」
たったそれだけの言葉。
けれど、
それはどんな約束よりも心強かった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
二人は立ち上がり、
屋上の扉へ向かう。
その途中、
綾小路くんがふと足を止めた。
「ひな」
名前を呼ばれ、
ひなが振り向く。
「お前が努力していることは知っている」
短く、それだけ。
それでも、
ひなの目にはうっすらと涙が滲んだ。
「……ありがとう」
彼は何も言わず、
ただ静かに扉を開ける。
その背中を見つめながら、
ひなは改めて思った。
この人がいるから、
私は前を向ける。
苦手なことにも、
少しずつ向き合っていける。
昼休みの約束。
それは特別な告白ではなかった。
けれど、
ひなの挑戦を支えてくれる、
何よりも大切な約束だった。
そしてこの約束が、
次の小さな勇気へとつながっていくことを、
ひなはまだ知らない。
コメント
1件
うわあ、第44話、すごく良かったです…! 体育祭後の静かな空気感の中での、綾小路くんの一言一言が重くて優しくて、何度も読み返したくなります。 特に「無理だと思ったら、すぐに離れろ」「もし何かあれば連絡しろ」「すぐに行く」って言葉、ストレートなのに彼らしい距離感で。ひなちゃんの涙、私ももらいました😢 特別な告白じゃないけど、確かな信頼と約束が胸に沁みる回でした…! 続き、すごく気になりますね。次の小さな勇気がどんな形になるのか、楽しみです🌷
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