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――エルドアーク宮殿内通路――
ルヅキは重い足取りで通路を歩み、やっとの思いで自分の部屋にまで辿り着いた。
狂座に属する者はそれぞれに専用の個室があり、その者のランクによって内装の広さも豪華さも異なる。
特に直属ともなると、その部屋は王族級と云えよう。
ルヅキは部屋内の豪華な装飾が施された、一人で寝るには余りにも大きいベッドに腰掛け、溜息を吐く。
「アザミ……」
まだ受け入れられない。アザミが死ぬ事等、有り得ない筈だから。
それでも生体反応消失という事実。
正直、今は何も考えが纏まらなかった。だから逃げる様に広間を後にした。
“兄さん……”
兄の事を想う。でも涙は出ない。自分が取り乱して、泣いてなどいけないのだ。
“なら、この気持ちはどうすればいい?”
「ルヅキ……」
その声にルヅキは現実に戻される。
何時の間にかユーリが部屋内に居た事を、ルヅキは気付かなかった。
「ユーリ? どうした?」
“私とした事がユーリの存在に、全く気付かなかった。悟られてはいけない。そう、ここは冷静に……”
部屋内で佇むユーリ。だが彼女は俯いたまま黙っている。
場の空気が緊張感で支配していた。
「折ってまた会議を行うから、暫くは待機しといてくれ……」
場の空気を破る様に、ルヅキは黙っているユーリにそう伝える。
正直、暫く一人になりたかった。誰にも今の弱気な自分を見せたくはなかった。
「あの……ルヅキ、えっと……ボク、ごめんね」
黙っていたユーリが口を開く。涙混じりのその瞳で、ルヅキを見据えて。
「どうした? 急に……」
先程まで荒れていた彼女の、その心境の変化にルヅキは戸惑いを隠せない。
“まさか……気付かれた?”
「ハルから聞いたんだ、ルヅキとアザミが兄妹だって事……」
“ハルめ、余計な事を”
別に二人が兄妹だという事を知られたくなかった訳では無い。この事は公にはしなかっただけだ。
そんなルヅキの心に入り込む様に、ユーリは続ける。
「ごめんね。ルヅキの気持ちも知らずボクは……」
“何故謝る? お前は悪くない。悪いのは決断も下せない、弱い私自身だ”
それなのにーー
“何故お前が泣く?”
「ごめんなさいルヅキ……」
既にユーリの顔は涙に溢れてくしゃくしゃになっていた。小さい子供が訳も分からず立ちすくんで泣いてるのと同じ。
「ユーリ……」
“私は直属筆頭失格だな……”
「お前が泣く事は無いじゃないか……」
ユーリは臨界突破レベルこそ、直属の中でも1番低い『147%』という数値だが、その極めて特殊な能力で異例とも云える早期直属任命された程の逸材。
だがボロボロに泣くその姿は、幼い女の子その者でしかなかった。
「だって、ルヅキだって辛いのにボクは……どうか無理しないで。ボクがルヅキの力になるから。ずっと側にいるから」
「ユーリ……」
辛くない訳が無い。直属筆頭としてではなく、一人の私として、誰かに心の内を吐き出したかった。
“ユーリの事、良く見といてやってくれ”
ルヅキはアザミの最期の言葉を思い出す。
“血の繋がりこそ無いが、私達兄妹にとって、ユーリは本当の妹の様な存在だ”
笑ったり泣いたりと、感情豊かなユーリ。直属には不向きかもしれない。
“でも私達には忘れかけた大切な感情を、この子は思い出させてくれるーー”
「ルヅキ?」
何時の間にかルヅキはユーリに手を伸ばし、自分の胸の中に包み込む様に抱きしめていたのだった。
胸の中に収まった小さなユーリ。小さくても確かに其処に有る温もり。
何よりも暖かい温もりーー
「辛い時は我慢しなくていいからね……。だってルヅキは今まで沢山頑張ってきたもん」
ユーリのその言葉と温もりに、止めどない感情の波が溢れ出してくる。
“兄さん……私はもう泣いても良いですか?”
「ユーリ……」
堪えきれなくなったルヅキはユーリを抱きしめたまま泣いていた。
”私の大切な妹。せめて、この子だけは……”
「ううう……あぁぁぁぁ!」
ーー声に出さないと張り裂けそうで……。
私は泣いた。やっと泣けたんだ
その涙は悲しみも何もかも、全てを濯いでいく。
本当に温かい涙だった。
“悲しいから?”
少し違う。これは兄への見送りの涙なのだ。
私が前へと進む為の、もう二度と大切な人を失わない為のーー私の決意。
ただ今は泣こう。私にはまだ成すべき事がある
兄さん……安心して眠ってください。
願わくば、何時かまた同じ処で暮らせます様にーー
…