ランディリックだけならば、その足ですぐ自領ニンルシーラへ向けて旅立つところだが、帰りはリリアンナが一緒だ。
ウィリアムの厚意に甘える形で、リリアンナとともにペイン邸を訪れたのは、午後も半ばを過ぎた頃だった。
リリアンナはひどく衰弱していたものの、屋敷へ到着すると汚いままペイン家へ滞在するのが恥ずかしかったのか、「湯あみをさせてください」と小さな声で申し出た。長らくそういうことすらまともにさせてもらえていなかったのだろう。
当然のように侍女が風呂へ付き添おうとすると、リリアンナは申し訳なさそうに小さく首を振った。
「自分で洗えます。あの、ひとりで……」
叔父一家が乗り込んでくる数年前までは、侍女から洗われることに何ら抵抗のない貴族らしい生活をしていたはずだ。
だが、今のリリアンナはそういうことに不慣れだと言わんばかりに自分のことは自分でしたいらしい。
ランディリックは彼女の意思を尊重し、そっと頷いた。
リリアンナにペイン家の侍女頭のマルグリットが用意してくれていた小ぶりの白いドレスは、柔らかな手触りの布地で仕立てられており、襟元には林檎の刺繍があしらわれていた。ミチュポムの木を想起させるような、控えめな意匠だった。
マルグリットがリリアンナの髪を優しく梳きながら、「こちらはうちの奥様が若い頃に好んでなさっていた刺繍です。きっとリリアンナ様にも似合うと思って」と、鏡越しに温かく微笑んでくれる。その言葉に、リリアンナは一瞬驚いたように目を見開き、こくりと小さく頷いた。
入浴後、頬に仄かに赤みの戻ったリリアンナがそのドレスに身を包み、髪を綺麗に結わえて現れた時、ランディリックは思わず言葉を失った。そこにいたのは、確かに伯爵家の令嬢リリアンナ・オブ・ウールウォードだ。けれどその瞳の奥には長く凍えていた心が隠れている。
何よりもドレスから覗く手足が細すぎる。
同年代の令嬢たちがもっと張りのある瑞々しい手足をしていることを思うと、リリアンナの過酷な日々を彷彿とさせられて、ランディリックは切ない気持ちになった。
そっと差し出したランディリックの手に恐る恐る載せられた手も、手荒れが酷く、ブラウスの袖に隠れて見えなかった部分には、あちこちに痣があった。
それを隠すように、リリアンナはぎこちなく笑って見せた。
ランディリックは、そんな彼女をやさしく見下ろして、静かに言った。