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#食
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喫茶オリエンタル・オルゴールの駐車場に着いた。
お店はまだ営業中で温かな果物のような灯りが窓から漏れている。
「気を付けて帰るんだよ? 蓮美」
「はい。今日はありがとう。それと、甘え過ぎてごめんなさい、豊」
「なにも謝る事はないよ、蓮美。オレにはうんと甘えて欲しい」
「はい、わかりました。豊、明日お仕事でしょう? 見送らず行って下さい」
豊は蓮美を、せめて駐車場から見送ってやりたかったが、蓮美の言う通りにしようと決めた。
「わかったよ、蓮美。愛してる」
「あたしもよ。豊をとても愛してるの」
「うん、おやすみなさい、蓮美」
「はい、豊。おやすみなさい」
*
帰宅し、豊は蓮美の凄惨たる過去を気の毒に思い辛い。
それと、今日起きたおかしな現象だ。辺りがセピアカラーに変化したという。
豊は目の病気を疑い、明日の仕事帰り眼科へ通院する事とした。
*
「おはようございます、課長」
「ああ、おはよう、城木君。相変わらず冴えてるねー。君の企画のお陰でクライアントから感謝の一報があったよ」
「はい、恐れ入ります」
いつものように若い女性社員が今日の案件をデスクに持って来た。
「ありがとう」
「いいえ、城木さん。今日も猛暑日ですって!」
チラリと彼女を見やると、シャツのボタンを3つも外し盛り上げた胸の谷間を覗かせている。
(色気のない事だなー)と、豊はゆうべ逢ったばかりの蓮美が恋しくなった。
――――今日もそつなく仕事をこなした豊が想うは麗しい蓮美の事ばかり。辛い過去を持つが笑顔の綺麗な蓮美の事ばかり。
だが帰りがけ、先ずは眼科へ寄らねば。
様々な目の検査をし、結果異常なしだった。
(精神的に疲れていたのだろうか……)
奇妙な気分のまま豊は帰宅した。
玄関を開け、しばらくすると携帯電話が鳴った。蓮美だ。
「もしもし、蓮美! どうしているかい。きのうはありがとうね」
「はい、豊。あたしも楽しかったわ。困らせてしまったけど……」
「ああ、それはもう言わない事。オレに遠慮なんかしないで、蓮美」
「はい」
「ああ、なにかあったの?」
「ううん。なんにもない。豊に逢いたくなっちゃって」
「もちろん良いよ!」
時刻は19時前だった。
「ごめんね、お仕事帰りで疲れているのに……豊」
豊の疲労は吹っ飛んだ。大好きな蓮美の顔が見られる、それが嬉しくてしょうがない。
「良いんだよ。逢いたくてたまらなかったんだ、蓮美」
「うふ、あたしも同じ気持ちです。ああ、豊のお家、憶えちゃったからお迎えなしで伺っても良いかしら?」
「え、大丈夫かい? バスだろう。喫茶店まで迎えに行くよ?」
「ううん。大丈夫です、豊。1時間後ぐらいに行っても良いですか?」
「うん。楽しみに待っているよ、蓮美」
――――20時前に蓮美はやって来た。
早速熱いキッスを交わす二人。
豊は蓮美をあまりにも好きで、蓮美が望むなら自分の体を食べて欲しいとすら思う。
ベッドには蓮美のスウィートな肌の香りが充満した。
二人は存分に愛を確認した。
今日に関しては豊、あらかじめ蓮美のために料理をしておいた。
野菜炒め、と言っても牛肉の量が大量なので、肉炒めと言えよう。
前回の蓮美の食べっぷりがあるので、白米は10合炊いておいた。
「蓮美、夜ごはんを一緒に食べないか。作ってあるよ」
蓮美の瞳がギラリと輝いた。
豊は一瞬ゾクッとただならぬ恐怖を感じた。
だが、蓮美に触れるとそんなものは瞬時に溶けてしまう。
「食べる!」
その返答は生きるか死ぬかという切羽詰まった雰囲気さえ持つ。
(病なのだ。可哀相な蓮美、早く元気になったら良いな)
豊は祈るような心地だ。
使わないだろうとは思ったが、箸を蓮美のそばへ置いてやった。
案の定、手掴みで肉と野菜を貪り出す蓮美。
蓮美の白米のひと口ひと口は、おむすび1個分ぐらいの量。
のどに詰まらせやしないかと心配で、豊はそばに麦茶をたっぷり入れたグラスを置いた。
「ゲホッ! ゲホゴボ!」
放り込むごはんの量が多過ぎ、お茶とともに白米を口から吐き出す蓮美。
それでも何事もなかったかのように、再びおかずを手で掴んでは口へと運ぶ。
(なぜ不快じゃないのだろうか)
豊は、この下劣極まりない食事の仕方を前に、どこまでも蓮美が愛おしい自分の心は歪んでいるのかと少し怖くなった。
するとまただ! また、辺りが色を失った。セピアカラー。天然色に見えるのは蓮美の姿だけ。