僕とラズールは足音を立てないように進んだ。ゼノ達がいる場所に近づくにつれて、数人の話し声が聞こえてくる。その中に聞き覚えのある声がして、僕の鼓動がうるさくなる。
まさか…リアムが来てる?でもリアムは王都に戻っているはず。会いたいと思っているから、リアムの声に聞こえたのかな。
「わあっ」
「お静かに。声を出してはいけませんよ」
「…うん」
声に気を取られていたら、足を止めたラズールの背中に顔をぶつけた。
ラズールに注意をされて、面の上から鼻を押さえて頷く。
僕はラズールの背中からそっと顔を出した。
遠くにゼノ達の姿が見える。驚いたことにゼノと二人の騎士が立ち上がって会話をしている。
もう薬の効果が切れたのだろうか。
ゼノ達の前に、こちらに背中を向けた二人の騎士がいる。先ほど採掘場に誰かが入ってきたと感じたのは、きっとこの二人だ。二人のうちの一人が、まだ地面に伏している人達に声をかけている。
やはりこのよく通る声は、リアムだ。リアムが来てる。目の前にいる。少し歩けば、手を伸ばせば触れることができる距離にいる。だけど僕は名乗ることができない。彼らはイヴァル帝国に盗難の犯人がいると思っている。イヴァル帝国の民の僕達がこんな所にいては、犯人だと言っているようなものじゃないか?
僕はラズールの服を引っ張った。
ラズールが少しだけ振り向き「戻りましょう」と小さな声で言う。
僕は頷き、きびすを返そうとした瞬間「誰だっ…!」と叫ぶ声がした。
ラズールが前方を見て肩を揺らす。しかしすぐに顔を再びこちらに向けて囁いた。
「隣国の第二王子でしたね。まさかこんな所で会うとは…。フィル様は声を出さないようにお願いします」
「リアム…」
僕はラズールの背中から顔を出して、リアムの顔を見て涙を浮かべた。僕の愛する人。会えると思いもしてないところで会えて驚いたけど嬉しい。
ゼノと二人の騎士が、こちらを向いて剣を抜き構えている。その三人を手で制して、リアムが前に出てきた。それと同時にラズールが僕を背中に隠す。
ラズールの大きな背中の後ろに押しやられて前が見えない。向こう側で何かヒソヒソと話す声がするけど、何と言っているのかわからない。
その間、ラズールは微動だにしなかった。
突然、リアムが大きな声を出した。
「おまえ達は誰だ。なぜイヴァル帝国の軍服を着ている。イヴァル兵なのか?おまえ達がこの村の盗難騒ぎの犯人なのか?」
「……」
ラズールはなにも答えなかった。黙っていたら犯人だと認めているようなものなのに。
だから僕は慌てて前に出て答えようとした。しかしラズールに腕を掴まれ口を塞がれる。
ラズールは僕の耳に唇を寄せると「隣国の王子の傍へ行っても話してもダメですよ」と冷たく言う。
僕はラズールの手を外そうと強く腕を引き、首を横に振り続けた。
僕が首を振り続けていると、いきなりラズールが叫んだ。
「近づくなっ」
「…は?おまえ…その声…」
「待って…!僕らはっ」
ラズールの手から口をずらせて僕も叫ぶ。
次の瞬間、ラズールが僕を肩に担いでこの場から逃げ出した。
担がれた拍子にフードが取れて、銀髪がラズールの背中に流れる。僕は目線を上げて前を見た。リアムの隣にいる騎士が、こちらに光を向けている。きっとリアムに銀髪が見られた。僕だと気づいた。僕がここにいることを、どう思うだろう。どうか誤解しないでほしい。イヴァル帝国の民は、盗難の犯人じゃない。
「おまえ達はここにいろっ」
リアムが叫んでゼノと追いかけてくる。
ラズールは横穴を抜けると、入口ではなく奥へと走った。
横穴を出て一旦足を止めたリアムが、左右を見て僕達の姿を確認する。そして尚も追いかけてくる。
この先は行き止まりだ。だけど外へと繋がる小さな抜け穴がある。ラズールはそこから外へ出るつもりなのだろう。
僕は…逃げたくない。ここにいることをリアム知られたくなかったけど、知られてしまった。それならば全てを話してイヴァル帝国は関係ないとわかってもらいたい。
僕は顔を上げると、ラズールに止まってと言おうと口を開きかけた。その瞬間、前方の天井が崩れ落ちて、リアムの上に落ちた。恐ろしい音とともに土煙があがる。
突然のことで、僕は声を上げることも動くこともできなかった。でもそれは、ほんの一瞬の間だ。「リアム様!」と叫ぶ声に我に返り、立ち止まって崩れた瓦礫を見ているラズールに「下ろしてっ」と頼んだ。
「…ダメです」
「下ろせっ!命令だっ!早く…っ」
「ダメだっ」
ラズールが頑として下ろしてくれない。
僕はラズールの背中を必死に叩いて暴れた。ラズールの手が緩んだすきに下りて、リアムのところへ走り出す。向こう側から数人のバイロン国の騎士も走ってくる。でもそんなことは気にしてられない。リアムの無事を確かめたい。もし怪我をしてるなら僕が治癒の魔法をかける。そして考えたくないことだけど、命が危ういようなら、姉上にしようとしたことをリアムに…僕の命をリアムに…。
「行かせないっ」
「あっ!」
僕の身体が宙に浮いた。
ラズールが僕の身体を抱き上げて、奥に向かって走っていく。
「待ってっ!離せよっ、リア…」
「静かにっ…」
大きな手が僕の口を塞ぐ。
僕はラズールの指を思いっきり噛んだ。かすかにうめく声がしたけど、口から手が離れない。
リアムを置いて逃げるなんて嫌だ。早く助けなきゃいけないのに…。バイロン国の騎士が、ゼノがいるけど、僕にできることもあるかもしれないのに。
僕は涙を流した。何もできない自分が情けない。ラズールに抗う力がないことも情けない。そしてラズールが僕を連れて逃げる理由がわかるだけに、自分の立場を恨んで泣いた。
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