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#ボーイズラブ
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阿久津のシャツの襟を強く掴んだまま、俺はさらに顔を近づけた。
「……やってみろよ。その細ぇ腕で俺がボコれると思ってんのか?」
阿久津の低い声が、至近距離で鼓膜を震わせる。
俺はそいつを黙らせるために、掴んでいた襟を思い切り引いて、膝を阿久津の腹にぶち込もうとした。
「うるせぇよ! ぐだぐだ喋ってねえでかかってこい!」
「っ、この……っ!」
阿久津が俺の膝を強引に手で抑え込み、そのまま体重をかけて押し潰してくる。
ロッカーの硬い感触が背中に響き、体温と汗の匂いが混じり合う。
狭い部室、放課後の西日
そして目の前のムカつくほど整った、剥き出しの敵意。
「離せ……!」
「お前が先に仕掛けたんだろ! ……っ、動くんじゃねーよ!」
もつれ合い、足が絡まる。
バランスを崩した俺たちは、床に敷かれたマットの上になだれ込んだ。
阿久津が俺の上に覆いかぶさる形になり、どさりと重い衝撃が走る。
「……いでっ…!お前、重すぎんだよ!」
「……クソが。てめぇが変な方向に暴れるからだろ」
阿久津が俺の胸ぐらを掴んだまま、顔を上げた。
文句を言ってやろうと俺も顔を跳ね上げた、その瞬間だった。
「……っ!?」
柔らかい感触が、俺の唇に触れた。
一瞬、何が起こったかわからなかった。
熱い。湿ってる。息が止まるような近さ。
阿久津の唇が、俺の唇に重なっていた。
時間も呼吸も止まった気がした。
阿久津の目が、俺の目の前で大きく見開かれる。
こいつも同じく、完全に固まってる。
柔らかくて、意外に熱い感触。
わずかに開いた唇の隙間から、相手の息が直接入ってくる。
ほんの二秒か、三秒か。
次の瞬間、俺たちは同時に体を突き放した。
「ぶはっ!?」
「っ……!!」
阿久津が後ろに飛び退き、俺はロッカーに背中を打ち付けたまま、口のあたりを腕で乱暴に拭った。
心臓がバカみたいに鳴ってる。耳の奥が熱い。
「お、おい……今…っ」
阿久津の声が、珍しく上ずっていた。
「は?俺今何した?は??」
いつもみたいに余裕ぶった感じが完全に吹っ飛んで、顔が赤くなってるのがはっきりわかる。
「うげ……うえぇ…男とキスとかきっしょ!!」
「うるせえ!お前が倒れ込んできたんじゃねえか!」
俺も必死に声を荒げて誤魔化した。
声が震えてるのが自分でもわかる。
口の感覚が、まだ残ってる。
熱くて、柔らかくて、なんか変な味がする。
阿久津の味だ。
「マジでふざけんな……お前とキスとか、キモすぎんだろ」
阿久津が顔を背けて、乱れた髪をガシガシ掻きながら吐き捨てた。
でもその耳まで真っ赤だ。
「事故だろ事故!お前のデカい面が近づきすぎなんだよ!」
「はあ?お前こそその貧弱な体で俺に絡んでくるから───」
言葉が途中で詰まる。
お互い、目が合わない。
部室の中に、妙な沈黙が落ちた。
さっきまでお互いの存在を全力で否定し合ってたのに、今はただ、さっきの感触が頭から離れない。
俺は唇をもう一度腕で強く擦りながら、内心で毒づいた。
(……なんだよこれ。心臓うるせえし、ムカつくし…意味わかんねぇ)
阿久津も、珍しく何も言わずにソファの方に視線を逸らしてる。
こいつの横顔が、いつもより少しだけ幼く見えた。
この瞬間、俺たちはまだ気づいていなかった。
この「事故」が、ただの喧嘩の延長なんかじゃなくて、
俺たち二人の関係を、決定的に狂わせていく最初の一歩だったことに。