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#ボーイズラブ
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あの「事故」から一週間
阿久津の様子が明らかに、というか、決定的に狂い始めていた。
いつも以上に俺を睨みつけてくるくせに
ふとした瞬間に視線が泳ぎ、俺と目が合うと
まるで汚物でも見たかのような顔をして露骨に顔を逸らす。
かと思えば、背後から突き刺すような視線を送ってくる。
五時限目の現文
窓から差し込む午後の陽気と、教師の低く平坦な音読が子守唄になって
俺の意識はまどろみの中にあった。
机に突っ伏した腕の隙間から、わずかに外の景色が見える。
……いや、視界を塞いでいたのは、隣の席に座る阿久津の気配だった。
耳の奥に、あいつの少し荒い呼吸が届く。教科書を捲る音もしない。
ペンが机を叩く音もしない。
ただ、じっと。
重苦しいほどの熱量を持った視線が、俺の項から側頭部にかけてを執拗になぞっているのが分かった。
(……起きてんの、バレてねーよな)
薄目を開けて、視線をずらす。
そこには、ノートも取らず、教科書も開かず
ただ一点──俺の顔面を食い入るように見つめる阿久津の顔があった。
眉間に皺を寄せ、唇を固く結び、まるで難解な数式を解くかのような
あるいは獲物の急所を見定めようとする猛獣のような……そんなギラついた目で、俺を見ていた。
「……んだよ。人の寝顔見て」
掠れた声で、喉の奥から絞り出すように毒づいてやった。
その瞬間
阿久津は心臓が止まるんじゃないかって勢いで肩を跳ねさせ、ガタッ!と派手な音を立てて椅子を鳴らした。
クラス中の視線が一瞬こちらに集まるが、そんなのお構いなしに、あいつは顔を真っ赤にして凄んできた。
「はぁ!? ……っ、自意識過剰なんだよブス! お前があまりに無防備にヨダレ垂らして、アホ面晒して寝てるから、汚ぇなと思って見てただけだわ!」
「垂らしてねーよ! 嘘つくんじゃねえクソ阿久津!お前さっき、瞬きも忘れて俺のこと見てただろ。穴が開くかと思ったわ!」
「見てねーよ!その銀髪がうぜーと思って見てただけだし!」
「いや見てんじゃねぇかよ」
阿久津はそう怒鳴り散らしながらも、顔の赤みが引かない。
それどころか、俺を睨みつける瞳の奥には
いつもの単なる怒りとは違う、もっと暗くて、ドロドロに煮詰まった色が混ざっていた。
そしてコイツを見て今、「可愛い」とかトチ狂ったこと考えそうになった。
「可愛い」という意味の分からない感情が芽生えた瞬間
それを認めたくないプライドが、猛烈な「憎たらしさ」を上書きして出力されている。
可愛すぎて、憎たらしい。なんだこれ
「……お前こそ見すぎだろ。マジキモ」
「てめぇの方が100倍きめぇわ」
「チッ……そのクソ生意気な口、二度と開けねーようにしてやろうか」
「やってみろよ。返り討ちにして、そのモデル面ぐちゃぐちゃにしてやるから」
いつもと変わらない売り言葉に買い言葉の阿久津の言葉が俺の背筋をゾクゾクとさせる。
怖い。
だけど、それ以上に。
阿久津奏多という男の理性を、俺という存在が
たった一つの寝顔だけでここまで掻き乱しているという事実。
それが、これ以上ないくらいに脳を痺れさせる、甘美な快感だった。
俺はわざとらしく阿久津に向けてニヤリと挑発的な笑みを浮かべると、再び机に顔を埋めた。
隣で、阿久津が「っ、この……っ!」と声を詰まらせ、拳を握り締める音が聞こえる。
罵り合い、憎しみ合い。
その延長線上にしか存在しない、俺たちの「情愛」が、歪な音を立てて膨れ上がっていくのを肌で感じていた。