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「俺も1回じゃ収まりつかねーかもって思ってたからちょうどよかった」
槙野がにっと笑い、美冬の胸元にキスを落とす。
「え? いや、そういうんじゃなく……て、祐輔っ!? だめっ! やぁん……っ」
散々に貪られるようにしてされた美冬はその日、半分意識をなくすように眠りについたのだった。
──確かに優しかったし、すっごく良かったし、またしてもいいかなってちょっと思ったよ!? けども、あんな……あんな朝方近くまでするものなの!?
ふわりと意識が遠のきかけた時、美冬の目に入った時計は二時を軽く越えていたのだ。
レセプションパーティでは槙野と綾奈のちょっとした騒ぎがあったけれど、ミルヴェイユとケイエムのコラボ企画については、順調に話が進んでいた。
ミルヴェイユではデザインを扱ってもらうことやデザインを卸すことで、収益を確保し、ケイエムはミルヴェイユの名前を使用することで、ブランドの底上げをはかる。
お互いの収益についても話し合いがあり企画がスタートし、この日は打ち合わせのために先方のデザイナー室の室長が来るということだった。
「椿さんっ! あ、今は槙野さんだったかしら?」
そんな風に言って笑顔で会議室の入口で手を振っていたのは木崎綾奈だった。
「綾奈さん? ご無沙汰しています。いえ、業務中は椿で大丈夫です」
──綾奈さん、デザイナーさんだったんだぁ!
あの時もセンスのいい人だとは思ったけれど、こうして見てもやはりそのスタイルは際立っている。
体型的には少しふくよかな方なのだが、自社のブランドの服をとても粋に着こなしていた。
高級ブランドに身を包む母親とはまた考え方も違うようだ。
「そちらは綾奈さんのデザインですか?」
「私がデザインしたわけじゃなくて、うちのスタッフがデザインしたものなんです。サンプルなんだけど」
「とても素敵です」
「本当? 嬉しいわ。さっそくうちのスタッフにも伝えます」
自社ブランドを愛している気持ちがとても伝わってくる。
それを聞いて美冬は綾奈と仕事することになって良かったと思ったのだ。
ミーティングについてはミルヴェイユのデザイナーでもある石丸に後を任せて、美冬は社長室に戻って自分の仕事をこなしてゆく。
仕事に集中していると、ノックの音がした。
「はい?」
「社長、恐れ入ります、木崎様がお話されたいそうなのですが」
秘書が顔を覗かせた。
木崎、とは綾奈のことだろう。
「どうぞ、入ってもらって」
しばらくして入ってきたのは、やはり綾奈である。何やら社長室の入り口でもじもじしていた。
「綾奈さん! どうぞどうぞ」
美冬は目の前のソファセットを勧める。
「失礼します」
そう言って、綾奈はソファに座った。キョロキョロとしている。
「ミルヴェイユはとても素敵なブランドだと思っていましたけれど、やはり歴史のあるしっかりとした会社なんですねえ」
社屋が古いんだよなぁ……。
「建物も古くて……。一応一階の店舗は何度かリニューアルして綺麗にしているんですけど」
「いえ! そういう意味ではなくて!」
綾奈は背筋をまっすぐに伸ばした。そうして美冬に頭を下げる。
「この前のパーティでのことをお詫びしたくて。槙野さんがご婚約されたと聞いて、とても動揺してしまったんです」
「は……あ……」
美冬としては回答のしようがない。槙野本人からもその話は聞いているけれど、それが今回の経緯に至った原因だとは綾奈は知らないのだろうから。
「母が……槙野さんを紹介してくれたんです。バーで、一目惚れでした。その時もお相手がいるようなことはおっしゃっていたんですけど、母は信じていないようでした。私はよく分かりませんでした。ただ、素敵な方だとそればかりで」
「すみません……」
そんな打ち明け話を聞いて、美冬はつい謝ってしまった。なんでか分からないけど。
綾奈は横に首を振る。
「謝らないでください。パーティ会場で椿さんにお会いした時、こんな方には敵わないと思ったんです。とても綺麗でミルヴェイユを率いていらっしゃって、会場でもとてもキラキラされていて目立っていました。素敵なお二人で、私はすっかりお二人の大ファンです」
綾奈はそのキラキラした目を美冬にも向けてくる。
そうして俯いた。
「私は綺麗な美しいものがとても好きなんです。それも表面的に綺麗なものだけではなくて、内面から輝くような何かを持ったものです。私自身がこんなだから、余計に惹かれるのかもしれませんけど」
俯いてしまった綾奈に美冬は違う! となりつい、口を開く。
それは普段から婦人服が大好きで、特別なミルヴェイユが大好きな美冬が思っていること。
「綾奈さん、そんな風に仰らないで。私は女性はあまねく輝けるものだと思います。それに綾奈さんの個性はとても素敵でセンスが素晴らしい。だからデザインを任されているんですね」
綾奈は自身が体型のことを気にしていても、それを凌駕するような素敵な着こなしをしている。
「私、綾奈さんとお仕事できてとても嬉しいです。だって綾奈さんは『ケイエム』がとてもお好きでしょう?」
「ええ!」
「私もミルヴェイユが大好きなんです。槙野は最初私に『シナジー効果』はなんだと聞きました。お互いウィンウィンになることです。そうなるように頑張りましょう、一緒に」
「椿さん……」
綾奈の目が潤んでいた。美冬はにっこり笑う。
「綾奈さんは感受性がとても豊かなんですね。素敵だと思いますよ」
そうして、どうしても気になって聞いてみたかったことを尋ねる。
「差し出がましいようなんですけど、その後国東さんとはいかがです?」
綾奈は悲しそうな顔で首を横に振った。
「私はダメなんです……。もう、そういうことは諦めようと思います。きっと素敵な人は私なんかお相手はしてくださらないから」
少し前まで美冬だってそうだったのだ。
「綾奈さん! 諦めてはいけません! きっと素敵な出会いがありますから!」
綾奈は顔を上げる。
「そうかしら……」
「そうですとも!」
根拠はないけど!
「なんだか、槙野さんが美冬さんに惹かれたのも分かる気が致します。美冬さんはお話していると何だか元気をいただける方なんですね」
そう言って綾奈は美冬に微笑む。美冬も笑顔を返した。
「能天気だとよく言われますけど」
「いいえ。元気出ました。私、頑張りますわ!」
「うんうんっ! 応援してますね!」
──あれ? えーと、これでいいんだっけ?
うん! でも綾奈さんも笑顔になったし、多分これでいい!