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貴時がいとと結婚して三ヶ月。
貴時はいつも通り仕事場で書類に向き合っていた。
そんな中、突然貴保が駆け足で貴時の元へ来た。
貴時は首を傾げる。
「貴時、今すぐ帰りなさい」
「何かあったのですか?」
貴時は胸騒ぎがした。
「いとさんが倒れてしまったそうだ」
貴時は目を見開く。
急に頭を殴られたような衝動に陥った。
絶句する貴時に貴保は続けて言う。
「少しでも早く帰って、彼女の傍にいなさい」
貴時は気づけば立ち上がっていた。
机の上にある物を片付け、荷物を持って九条邸に駆け出す。
数分走り家に着くと、香世が玄関で待っていた。
貴時は靴を脱ぎ捨て、足早に寝室に向かう。
「いつ、なぜ倒れた」
声に苛立ちと焦燥が滲む。
「先程です。若奥様が茶々丸様と戯れていらした時、茶々丸様が突然走り出し、旦那様の盆栽を割ってしまい、大変驚かれたようです」
驚いた?それだけではないだろう。
彼女は過度に自分を責めたのだ。
防げなかったことに多大な責任を感じたのだろう。
そして、今度こそ怒鳴られると思ったに違いない。
彼女は恐怖を思い出してしまった。
ああくそ。俺のせいだ。
と寝室に着き、貴時は襖を開けた。
布団の上にいとは寝かされていた。
「下がれ。必要な時は呼ぶから、それ以外は近づくな」
「かしこまりました」
香世は一礼し、素早くその場を離れた。
貴時は寝室に入り、襖を閉めていとに歩み寄る。
うなされているのか、いとの美しい顔は苦しそうに歪んでいた。
呼吸も速い。
貴時は心が痛んだ。
いとの布団の横で胡座をかき、いとの手を握る。
彼女の手は冷えていた。
「いと」
貴時はぽつりと呟く。
彼女の目は開かない。
やはり犬なんて買わない方が良かっただろうか。
いとの喜ぶ顔が見たい一心で買い取ったが、やはり買わない方が良かったかもしれない。
こんなことになるくらいなら。
……いや、行動の制限をかければ良かったのか。
禁止の域を決めればこんなことは起きなかったかもしれない。
だが、彼女を傷つけてしまった事実は変わらない。
紛れもなく俺のせいだ。
……くそ。
彼女に申し訳が立たない。
貴時は罪悪感に苛まれながら彼女の顔を眺めた。
ぼんやりいとの美貌を見ていたら、いつの間にか四刻が経っていた。
いとの表情は貴時が来た時よりもかなり穏やかになっていた。
すると、突然いとの瞼がゆっくりと開いた。
「いと」
嬉しさと罪悪感でぐちゃぐちゃになりながら彼女の名を呼び、頬に手を伸ばす。
いとはびくりと震え、目を瞑った。
叩かれると思ったのだろう。
しかし貴時は構わずいとの頬に触れる。
自分は叩かないと示すために。
いとと少し話し、彼女の濡れた頬を拭い、布団の中に招かれたので入る。
少し驚いたが、彼女の言葉に甘えることにした。
いとがずっと入っていたこともあり、布団は温かかった。
いとの身体を抱きしめてふたりで横たわっていると、すぐに彼女は眠った。
健やかな寝息を立て、穏やかに眠る。
貴時は安堵し、彼女の額に口づけを落とした。
貴時も眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。
ふたりが結婚して半年。
貴時は、幼馴染であり自分の世話係でもある綾前天介を彼女の前でも出してみることにした。
彼女はもう少し面識のない他の者と接しておいた方がいいと思ったからだ。
しかし、その判断は後に自分の首を絞めることになる。
いざ出してみると、自分が大丈夫じゃなかった。
彼女が他の男に笑顔を向けていることがこんなにもやもやするとは。
貴時は初めていとへの執着ぶりを自覚した。
自分は顔に出やすいことも初めて知った。
厠から戻るとふたりは話していた。
何やら楽しげである。
そこでもう貴時は耐えられなかった。
いとを抱き上げ、寝室に着くと、彼女を横たわらせる。
そして、感情のままに口づけた。
ふと口づけをやめると、いとは泣いていた。
そこで貴時ははっとした。
また彼女を傷つけてしまった。
貴時は自分に嫌気が差した。
いとに、どうしてあんな態度をとったのか聞かれ、嫉妬したと答えると、彼女の目が大きく見開かれた。
貴時は思った。
伝えるのは今ではないかと。
なんとなくそう思い、愛を口にしてみた。
彼女の瞳がさらに見開かれた。
いとが十数秒ほど微動だにしないので貴時が心配した。
彼女がやっと口を開いたかと思えば、突然おかしなことを言い出すものだから、貴時は笑ってしまった。
そして貴時に口づけ、私もだと言ってくれた。最高にかわいい笑顔で。
貴時は天にも昇られるような心地がした。
こんな嬉しいことがあろうか。
いとも同じ気持ちだったとは。
貴時のいとへの愛はより増した。
貴時は幸せな気持ちでそのままいとと愛を交わし合った。
貴時は生涯に渡り、最愛の妻を幸せにし、守り抜くと誓ったのだった。