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「大丈夫ですかっ!?」
気が付くと美晴の下半身は血で濡れていた。駆けつけた隊員によって担架に乗せられ、美晴は救急車で近くの病院に運ばれた。
(赤ちゃん…どうかお願い、無事でいて……)
緊急搬送された先で処置をされた美晴は暫く意識を手放していた。気が付くと病院のベッドの上だった。
(赤ちゃん…私の赤ちゃん…)
妊娠初期のため、まだ膨らみのない腹を必死で撫でた。不安が胸をよぎる。あれだけ下腹部を内部から引っ張られていた感覚があったのに、今は痛みを感じない。それは薬で押さえているのかそれとも――?
「気が付かれましたか」
回診にやって来た看護師のひとりが美晴に声をかけてくれた。
「あのっ、赤ちゃんは無事ですかっ!?」
看護師の顔が曇った。きゅっと唇を噛んでやや俯き加減で漏らす。「残念ですが、お子様はもう……病院に到着した時から出血がひどく……流産です」
「そんな……」
それから主治医から感染症が原因で流産をしたと言われた。ただ、失ってしまった尊い命に懺悔するしかできなかった。
(私がもっとしっかりしていたら、赤ちゃんが亡くなることはなかったのに…守ってあげられなかった)
(ごめんね、赤ちゃん……ごめんね――)
美晴は声を押し殺して泣くしかできなかった。子供を失った母の悲鳴のようなすすり泣く声は、いつまでも病室に響いた。
美晴は一日の検査入院を経て自宅へ戻った。床には血痕が残っている。
少し前までは我が子が全ての希望だった。感染症になってしまうなんて、想像もしなかった。
(幹雄さんが酔って私を抱いたりしなかったら……)
あの時、どうしてもっと強く断らなかったのかと悔やまれる。
(でも、幹雄さんが怖くて断れなかった私も同罪だ)
対応が遅すぎた。失ってしまった命はもう二度と還ってこない。
赤子はまだ小さく、血と共に流れてしまった。その命を誰に見せることなく、空へと還ってしまったのだ。
「ううっ……」
どうせだったら一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。せっかく授かった命をみすみす手放してしまった。
窓の外からは明るい日差しが差し込んでいたが、美晴の心の中は外の世界とは違って完全に断絶されていた。美晴の脳裏には昨日の出来事が蘇る。玄関で倒れてしまい、病院に運ばれ、流産を告げられたこと――
なによりもわが子の存在を失ったことの喪失感。それは圧倒的なノイズとなって耳の奥にへばりつき、鳴り止まなかった。
どれだけ泣いても涙は枯れることがなかった。玄関まで点々と続く血痕が目の端に入ると、一層その悲しみを増幅させた。美晴の胸中は、失われた命への後悔や自責の念が渦巻いていた。