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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第74話:歴史的同接と、札束の雨〜3D空間で税金を叫ぶ四十歳、伝説の三十万人〜
「はぁっ……! ぜぇっ……! だから、青色申告特別控除の六十五万を取るためには、e-Taxでの電子申告が必須なんだよ……ッ!!」
港区の超高層ビル、最新鋭のモーションキャプチャースタジオ。
スタプロの威信と数千万円の予算が注ぎ込まれた、まばゆい光を放つバーチャルステージの中心。
そこに、神の如き美貌を持つ金髪碧眼の超絶イケメンアバターが、ピクリとも動けず床に大の字で倒れ伏していた。
そして、その美しい唇から紡ぎ出されるのは、甘い愛の囁きでも、アイドルらしいファンサでもなく。
「紙で申告したら五十五万に減額されちまうんだぞ! 十万の控除の差はでけぇんだよ! 俺みたいにギリギリで生きてる個人事業主にとってはなァァァ!!」
全身タイツ(モーションキャプチャースーツ)の中でドロドロに汗をかき、四十肩とぎっくり腰の痛みに顔を歪める、四十歳のリアルすぎる『税金への怨嗟』だった。
最新鋭の3Dトラッキング技術は、俺の荒い息遣いに合わせてアバターの肩を上下させ、苦悶に満ちた(しかし顔面偏差値はカンストしている)表情を全世界に配信し続けている。
『wwwwwwwwwww』
『3Dで喘ぎながら税金にキレるイケメンwwww』
『顔と話の内容のギャップで頭おかしくなりそうwww』
『e-Taxのダイレクトマーケティングで草』
『こんな美しいおっさん見たことない』
『もはや前衛芸術の域に達してるだろこれww』
チャット欄の勢いは、もはや目で追うことが不可能な速度、いわゆる『滝』となっていた。
そして、画面の右上に表示されている『同時接続者数(同接)』のカウンターは、俺の理解を完全に超えた数字を叩き出していた。
【278,405人】
「に、にじゅうななまん……っ!? おいアリス、これカウンター壊れてねえか!?」
俺が血走った目で隣を見ると、アリスの3Dアバターは、ステージの端でまだ腹を抱えて震えていた。
『こ、壊れてないですよぉ……っ! あはははっ! さっきからずっと、X(旧Twitter)のトレンド世界一位が【#税金和尚3D】で固定されてますから!』
「世界一位!? 港区で黒タイツ着て税金の愚痴言ってるだけのおっさんが!?」
『みんな、この異常な空間(カオス)を見に来てるんです! あははははっ、やばい、スタプロの歴史が今日、ルシフェルさんに塗り替えられちゃう!』
アリスの言う通りだった。
アイドルのキラキラしたステージで、イケメンが酸欠で喘ぎながら『インボイス制度の理不尽さ』を説教し、時には腰の痛みに悲鳴を上げる。
これほどまでに『ガワ(理想)』と『中身(現実)』が乖離したエンターテインメントが、かつて存在しただろうか。
「笑い事じゃねえ!! 人が増えるってことは、それだけ俺の恥が世界中にバラ撒かれてるってことだろ!!」
俺がマイクに向かって怒鳴り散らすと、それに呼応するかのように、画面の右端で『恐ろしい現象』が起き始めた。
『スパチャ:10,000円(和尚! 最高だ! あんたが日本の税制を変えてくれ!)』
『スパチャ:50,000円(確定申告の憂鬱が吹っ飛びました! ありがとうございます!)』
『スパチャ:10,000円(3Dの顔が良すぎるのに話してる内容が底辺すぎて推せるww)』
『スパチャ:50,000円(アリスちゃんを笑わせてくれてありがとう! 騎士団より納税!)』
赤、赤、赤。
一万円から五万円という高額な『赤いスーパーチャット』が、まるで狂ったように降り注ぎ始めたのだ。
まさに、バーチャル空間に降る『札束の雨』。
「ぎゃあああああああああっ!!」
俺は、床に這いつくばったまま頭を抱えて絶叫した。
「投げるなァァァ!! 赤スパを投げるなァァァ!!」
『wwwwwwwww』
『スパチャにキレるVTuberww』
『もっと投げろ!! 和尚を税金で追い詰めろ!!』
「お前らがその赤い札束を投げるたびに、俺の脳内の電卓が『今年の課税売上』を自動計算して悲鳴を上げてんだよ!! 一千万超えたって言っただろ! これ以上売上を増やしたら、来年の俺の消費税が、マジで俺の命を刈り取るレベルまで膨れ上がるんだよォォォ!!」
俺の悲痛な、心からの叫び。
しかし、それはリスナーたちにとって、極上の『ガソリン』でしかなかった。
稼げば稼ぐほど苦しむ男。
投げ銭が、そのまま首を絞めるロープに変わる男。
そのあまりにも斬新すぎる(そして自業自得な)設定に、二十万人の視聴者は完全に魅了されてしまったのだ。
『スパチャ:10,000円(ほら、来年の消費税だ! 受け取れ!)』
『スパチャ:50,000円(インボイスの生贄に捧ぐ!!)』
『スパチャ:10,000円(税務署から逃げるな和尚!!)』
「やめろぉぉぉ! 鈴木さん(市役所)が笑ってる!! 鈴木さんのメガネが光ってるのが見えるぅぅぅ!! 俺の口座から金が……消費税が引き落とされていくぅぅぅ!!」
俺は黒タイツのまま床をのたうち回り、架空の税務署員から逃げるようにステージを這いずり回った。
イケメンアバターが、涙目(そういう表情の操作)で床を這う。
そのカオスすぎる絵面に、ついに。
『カンカンカンカンッ!!』
オペレータールームの方から、何かが激しく叩かれる音が聞こえた。
ガラスの向こうを見ると、神崎プロデューサーが、真っ赤な顔をして立ち上がり、バンバンと窓ガラスを叩きながら、俺に向けてタブレットを掲げていた。
そこには、極太のマジックで、こう書かれていた。
【同接30万人突破!!!! スタプロ歴代1位!!!!】
「…………は?」
俺の動きが、ピタリと止まった。
三十万人。
スタプロ歴代一位。
それはつまり、俺が。
帯広の四畳半で、ケースワーカーに怯え、半額弁当を漁っていた、何者にもなれなかった四十歳のおっさんが。
星乃宮アリスをはじめとする、数多のトップアイドルたちが築き上げてきた『巨大企業の歴史(レコード)』を。
ただ税金にキレて這いずり回るだけで、ぶち抜いてしまった瞬間だった。
『うおおおおおおおおおおっ!!!!』
『30万キターーーーー!!!!!』
『伝説だ!! 歴史的瞬間!!!』
『和尚最強! 和尚最強!!』
チャット欄が、完全に崩壊した。
文字の奔流が画面を埋め尽くし、システムが重くなるほどのすさまじい熱狂が、港区のスタジオを、いや、世界中のネットワークを揺らしていた。
『ルシフェルさん……っ! やりました! やりましたよ!!』
アリスが、涙を浮かべながら(そういうエフェクト)俺のイケメンアバターに抱きついてきた。
『スタプロの歴史、塗り替えちゃいました! ルシフェルさん、あなた本当に、最高のエンターテイナーです!!』
「ア、アリス……」
俺は、呆然としながら、右上に表示された【301,245】という数字を見つめた。
そして、その下に表示されている、とんでもない額に膨れ上がった『本日のスーパーチャット総額』を。
「……あ、あはは」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
伝説を作った。大成功だ。
これで、二百五十万の自己負担金なんて、余裕で回収できる。スタプロの顔に泥を塗ることもなかった。
俺は、間違いなく『勝者』だった。
だが。
「……神崎さん」
俺は、ガラスの向こうで歓喜の涙を流しているプロデューサーに向かって、マイク越しに静かに語りかけた。
「これ……今日の配信のスパチャと、グッズの売上の『ルシフェルへの配分』……。全部、今年の俺の【事業所得】になるんですよね?」
ガラスの向こうの神崎プロデューサーが、満面の笑顔で、大きく親指を立てて『YES!』と頷いた。
「…………」
その瞬間、俺の視界が、スゥッと暗転した。
同接三十万人。スタプロ歴代一位。
それはつまり、俺がかつて経験したことのないほどの『超絶・莫大な売上』が、今日この一日だけで発生したことを意味する。
「あ、あああ……」
一千万の壁どころではない。
これ、下手したら、所得税の最高税率(45%)に叩き込まれるんじゃないか?
そして再来年の消費税は、一体いくらになるんだ? 三百万? 五百万?
「……だめだ。計算、できない。頭が、真っ白に……」
俺は、三十万人の大歓声と、降り注ぐ札束(赤いスパチャ)の雨の中で。
トップアイドルの栄光を手にした喜びよりも、国家権力(税務署)という名の絶対的捕食者にロックオンされた絶望に包まれながら、再びゆっくりと白目を剥いて、バーチャルステージの床へと沈んでいった。
『和尚がまた死んだぞwwwwwww』
『税金ショックで気絶wwww』
『伝説の配信のオチがこれかよwwww』
帯広からやってきた四十歳の個人事業主は、花の都・東京で、スタプロ史上最大の伝説と、自身の『逃れられない税金地獄』を同時に確固たるものにした。
ルシフェル和尚の戦いは終わらない。
インボイスの魔王が、そして確定申告という名のラスボスが、来年の春、俺を待ち構えているのだから。
コメント
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うわっ、第74話めっちゃ面白かった…!笑ったけど最後はゾッとしたわ。 イケメンアバターで床這いながら税金にキレるおっさん、同接30万人で歴史塗り替えたのに、その直後に「これ課税所得やばくない?」って白目剥く流れ、構成が完璧すぎるでしょ。ガワと中身の乖離がエンタメになりすぎてて、笑いながらも「あ、これリアルな税金の話だ」って引き戻される感じがたまらんかった。 「伝説のオチがこれかよ」って視聴者が言う通り、最高のオチだった。次回、和尚がどうやって税務署と戦うのか気になるわ🔥