「だってだって大変なんです! 箱の中にケーキ、二つしか入ってないんですよぅ! 三人で二つのケーキをどう分けたら!?ってなるじゃないですかぁぁぁ!」
百面相のようにコロコロ表情を変えながら発せられた羽理の悲痛な声音に、さすがに申し訳ない気持ちになってしまったんだろう。
岳斗が、「すみません。もっとたくさん買って来ればよかったですね」とつぶやいて。
羽理はしゅんとした岳斗の様子に、「あああっ! ごめんなさいっ! 私、別に課長を責めたかったわけでは!」とオロオロした。
「そんなの、倍相課長だって分かってるから落ち着け。――課長も……元々羽理のために買ってきたもんだったんだろう? ややこしくなるから謝るな」
そんな二人の様子に小さく吐息を落とした大葉が、見慣れた上司の顔でサラリとそう告げると、羽理の横へしゃがみ込んだ。
「で、羽理。お前は正直な話、どっちが食いてぇわけ? せっかくお前のために倍相課長が買ってきてくれたんだ。遠慮せず言ってみ?」
「私は……」
大葉の言葉に、羽理が真剣に箱の中を睨みつけて……。
結局「わーん、どっちも美味しそうで選べませんよぅ!」と音を上げるから。
大葉は思わずケーキを買ってきた岳斗と顔を見合わせると、ぶはっと吹き出した。
「選べねぇんなら仕方ねぇな」
言って、羽理の手から箱をサッと取り上げると、ふたをしてしまう。
「えっ!? あ、あのっ、大葉!?」
大葉は羽理が眉根を寄せて不満そうに見上げてくるのを無視して、「なぁ倍相課長、別にケーキなくても構わねぇだろ?」と岳斗への質問でかわして。
岳斗がクスクス笑いながら「もちろんです」と答えた。
そんな男衆ふたりに、「で、でもっ。何か申し訳ないですっ」とソワソワする羽理に、ケーキの箱を冷蔵庫へ仕舞い終えた大葉が「いや、お前からケーキ取り上げる方が申し訳ねぇわ! 後から一人でじっくり味わえ」と返して、岳斗もそれに被せるように「元々荒木さんに買ってきたモノだから。気にしないで?」と微笑む。
結局、出してあった皿も仕舞われて、三人の前には大葉が淹れて来てくれた、ベルガモットの香りがふぅわり漂う、上品なアールグレイティーのみが残った。
***
「羽理、お前、あれだ。客用のティーカップとかないのは結構問題だぞ?」
大葉がそう言ったのも無理はない。
何しろ、いま三人の目の前で飴色の液体がゆらゆら揺蕩っているのは、三者三様のマグカップの中で。
どれも猫柄なことだけは共通していた。
「だって……お客さんが来ることなんて滅多にないんですもの」
「にしても、だ。気ぃ抜き過ぎだろ」
会社では凛とした美人……と言った様相の羽理なのに、家での脱力っぷりは凄くて。
こんな風に持ち物にもそういうのが出てしまっているのが、実は大葉的にはたまらなくツボなのだ。
だが、何となくそれを目の前の倍相岳斗には気付かれたくないと思っていたりする。
それでつい、小姑のようになってしまったのだけれど――。
それに気付いているのかいないのか。
「荒木さんは本当に猫グッズがお好きですよね」
オッドアイの白猫が描かれたカップに優雅に口を付けながら、岳斗がのほほんとした雰囲気で言って。
目つきの悪い不良っぽい黒猫が描かれたカップを手にしたまま大葉がそんな岳斗の真意を探るみたいにじっと彼を見詰めた。
ふわふわのペルシャ猫が仰向けに寝っ転がったマグを両手で包み込むようにしてそんな二人を交互に見遣りながら、羽理は何となくピリピリした空気を感じて落ち着かない。
「僕は羽理ちゃんがどんなカップでおもてなししてくれても気にしませんよ?」
ふふっと笑って「屋久蓑部長はお家でも厳しいですね~」と付け加えた岳斗からは、大葉への牽制っぷりがありありとにじみ出ていて。
「ま、羽理はすぐに俺と暮らすようになるから関係ねぇけどな」
大葉の返しもまた、それに勝るとも劣らないブリザードっぷりだった。
「あ、あのっ! ……紅茶っ! すっごく美味しいですねっ!?」
二人のピリピリしたムードに耐え切れなくなった羽理が、紅茶を褒めてマグを口元に持って行ったのだけれど。
「熱っ」
動揺のあまり、よく冷ましもせずにコップを傾けてしまった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですか!?」
途端、二人から滅茶苦茶心配されて、居た堪れなくなった羽理だ。
「へ、平気です、ので」
ちやほやされ過ぎて、何だか落ち着かない。
慣れないことに所在なくうつむいたら、変な沈黙が落ちて――。
***
「で、倍相課長。今日は何をしにここまでいらしたんですか?」
そんな気まずい沈黙を破ったのは大葉だったのだが。
発せられたセリフは決して雰囲気が良くなりそうな話題ではなかったから。
羽理の緊張は絶賛継続中のままだ。