コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
皆さん初めまして、この度『暁』へ迎えられたエルフのリナです。本来は森で狩猟を主に行い静かに暮らす一族だったのですが、里の周辺に存在していた未発見のダンジョンでスタンピードが発生。
私達がそれを知った時には大地を覆うほどの群れが里へ向かって猛進しており、最早防ぐ手立てはありませんでした。
里の男達は皆時間を稼ぐべく群れへと立ち向かい、里長の娘である私は若い同胞達を託されて里から逃がされました。
……この時ほど自分の無力を嘆いたことはありません。私達に力があれば、こんな悲劇は……私は自分も泣きたいのを我慢しながら、涙を流す皆を励まして遠目に見える燃え盛る里から離れました。
一年ほど周辺を放浪していた私は、人間が名付けた『ラドン平原』へと辿り着きました。森を出るのは初めてでしたが、視界いっぱいに広がる雄大な大草原に感動を覚えました。
私達は現地の魔物を狩猟しつつ移動していましたが、ある日人間の馬車が魔物に襲われているのを目撃。
正直肉ばかりの生活に嫌気がさしていて、取引が出来ないかと思い助太刀したのですが、隊商を率いていたのがマーサ姉さんであったことに運命を感じました。
マーサ姉さんはエルフ族では珍しく人間社会で生きてしかもある程度の成功を納めるような変わり者。うちの里にも何度か交易に来ていて、彼女が持ち込む人間の道具や加工品は私達若いエルフを魅了したものです。
気さくな性格で長の娘だった私とも交流があり、姉さんが教えてくれる外の世界の話には胸を躍らせたものです。
マーサさんは助太刀に感謝しながらも私達がここに居る理由について聞いてきたので、事情を話しました。すると。
「行く当てがないなら、うちに来ない?悪いようにはしないわよ」
私達からすれば願ってもない申し出でした。僅か一年とはいえ当てもない放浪生活に私達は精神的に追い詰められていました。
里の大人達が聞いたら軟弱だと叱られるかもしれませんが、あんな悲劇の後なんです。特に若い子達なんてよく泣いていましたからね。
「ご迷惑でなければ、姉さんの申し出を受けたいのですが……」
「迷惑なんかじゃないわよ。それに、リナ達の一族は武勇誉れ高い。存分に期待させて貰うわ。それに、こう言っては何だけど貴女を呼び寄せるつもりだったし」
そうだったんですか。それでは尚更姉さんを失望させないように頑張ります。先ずは何をすれば良いですか?
「そうね、あの娘は分かりやすい成果を見せたら直ぐに飛び付くはずだから……」
あの娘?
「うちのボスよ。そうねぇ……リナ」
「はい?」
「アレ、殺れる?」
姉さんが指差した先には、アーマーリザードの群れが居ました。うん。
「問題ありませんよ?それで良いんですか?」
「後はアーマーボアを何頭か。それを手土産にして行きましょうか」
どちらも里で狩っていた相手、問題はありません。さっそく私達は狩りを開始しました。
私に向かって大口を開けてアーマーリザードが突進してきました。私は弓を構えたまま深呼吸をしてタイミングを図り……今っ!
「グァアッ!?」
私は今まさに噛み付かれる寸前に左側へ飛び退き、その目に向けて引き縛った矢を放ちます。
矢は狙い通り目を貫通して、そしてその内側にある脳を貫きました。
アーマーリザードはその名前の通り頑丈な鱗に守られていますが、どんな生き物だろうと弱点は存在するんですよ。こいつの場合は目です。正確にはその裏にある脳です。それを貫いてやれば。
走る勢いのままその巨体を大地に沈めたアーマーリザードを一瞥して私は周囲の仲間を見渡します。
うん、問題なく狩りを続けていますね。これなら助太刀は要らない。
「いつ見ても鮮やかね。アーマーリザードなんて、普通は随分と苦労する相手なんだけど」
苦戦する?まさか。
「いつも狩ってますよ?」
まだ未熟で子供である私達だって簡単に狩れるのです。それこそ一人前になればあの程度の群れ、少し苦戦するでしょうけど一人で討伐できます。
「その時点で貴女達が武勇誉れ高い部族の一員だって自覚しなさい。少なくとも私には無理よ」
「ご冗談を」
私達はそのまま狩りを続けて、アーマーリザードを五体、更に乱入してきたアーマーボアを五体仕留めることに成功しました。
ただ残念ながら手間取ってしまい何体か逃がしてしまい、惜しいことをしました。
「合わせて十体です。これだけだと手土産になるか不安なんですが」
「充分すぎる成果よ、リナ。安心して良いわ」
マーサ姉さんはそう言ってくれましたが、四十人で掛かってこれだけしか成果を出せなかったんです。認めて貰うためには、最悪この身体を差し出すくらいはっ!
マーサさんに連れられてやって来たのは、大きな街でした。まだまだ発展途上だと言いましたけど、こんなにたくさんの人間が居る場所に来るのは初めてです。あっ、土臭いドワーフが居る。
「ここでそれはご法度よ。ドワーフとも仲良くしなさい。ちょっと酒臭いけど、良い仕事をするわよ」
マーサ姉さんがそう言うなら、それがここのルールなのでしょう。ちゃんと守らないと。
マーサ姉さん曰く代表は不在とのこと。戻るまで私達はマーサ姉さんが率いる『黄昏商会』を手伝いながら過ごすことにしました。
私達が仕留めた獲物を見てドワーフ達が物欲しそうにしていましたが、これは代表への手土産。まだ渡すわけにはいかない。
いつの間にか一人のドワーフがマーサ姉さんと話をしていました。
「アーマーリザードにアーマーボアが五体ずつか。是非ともこいつらの素材がほしいところだが」
「まだダメよ、ドルマン。これはリナ達がシャーリィのために用意した手土産なんだから」
「ああ、耳長が増えたと思ったらマーサの知り合いか。これが手土産たぁ、随分と景気の良い新入りじゃないか。嬢ちゃんも喜ぶだろう」
「ええ、新しい戦力と商売になるわ。シャーリィなら間違いなく食い付く」
「それなら、こいつらの素材を加工して利益をあげられるって証拠も用意しないとな。帰ってから忙しそうだ」
「違いないわ」
マーサ姉さんとドワーフが楽しそうに話している。それだけでもここが特殊な環境であると分かります。皆にもドワーフに差別や敵意を持たないように周知しないと。
数日後の早朝、いつものように『黄昏商会』の搬入作業を手伝っていると代表が現れました。折角なのでとマーサ姉さんが紹介してくれたのですが……。
相手は小柄な少女でした。肩口で切り揃えられたブロンドの髪、人形のように整った顔立ち。小柄でありながらスタイルもよく、可愛らしい外見をしていますが……私の第一印象は『不気味』でした。
まるで感情が欠落しているのかと疑いたくなるくらい無表情で、声も鈴を転がすような可愛らしいものでしたが平坦で全く感情を感じられなかったのです。これから私達のボスに為る方に対して抱くような感情ではないと思っていますが……。
でもそれは直ぐに変わりました。私達の仕留めた手土産を見た瞬間、それまで感情を灯していなかった瞳をランランに輝かせて食い付いてきました。
急変ぶりに私達が戸惑っていると、私達の受け入れと更に独自の部隊を設立して仕事まで与えてくれました。それも、衣食住を保証してくれた上で報酬まで用意してくれると。
……かなりの厚待遇です。正直唖然としてしまいました。仲間の中には泣き出す娘も出る始末。でも、ようやく……ようやく私達は安住の地を見付けたと思えたのです。
この小さな女の子は、決して私達を見捨てない。初対面なのに不思議とそう思わせる何かがありました。
後に彼女達は『猟兵』と呼ばれ、エルフらしいサバイバル術を駆使して特殊部隊のような役回りを担い『暁』の飛躍に大きく貢献することとなる。