コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目を閉じて浮かんでくるのは、思い出したくもない記憶。
『鈴鹿君って全然喋らないよね………』
『…え、なんか言ってた?ごめん聞こえなかったわ』
ただ苦しくて何も言い返せなかった昔の事。
『もう少し声張れないのか?』
『そんなの甘えだろ、出来ないなんておかしい』
………あの頃は毎日苦しくて、
逃げるように自分の世界にひきこもっていた。
現実から逃げて、自分だけの世界を作って、
…………そうしていたらいつの間にか、
ーーーーー
(飛雅side)
「はい、じゃあこの人が君の担当ね」
突然担当を持たされた。
「え………っと、俺がですか?」
「うん、結構人気のある人だから」
…渡された書類を見て、初めての担当の情報を頭に入れていく。
「………でも俺、ほとんど新人なんですけど…………」
「……まあ担当からクレーム来たら変えればいいだけだから」
………………
…俺はどうやらブラック企業に就職してしまったらしい。
「荷が重いんですけど…………」
「大丈夫大丈夫、彼ね、結構担当コロコロ変えるんだよ」
「それはそれで嫌なんですけど………!!」
…………
ーーー
生まれた頃から苦労なんて1つもなかった。
両親は優しかったし、学校に友達も沢山いた。広く浅くで大学までやってきて、目立ったトラブルも無かった。
…そして入社したこの会社。
「ここか………鈴鹿先生の家。」
俗に言う“漫画の編集者”というこの仕事を選んだ理由。
それは……………
(まさか………本当に)
街中から少し離れたマンションの高層階にある担当の自宅。
『鈴鹿杏里』
俺が今日から担当になった漫画家。
…………俺は、この人をよく知っている。
「…何年ぶりだっけ、………中学卒業以来だから…………9年くらいか?」
…まあ大体それくらいだろう。
美人で綺麗な金髪、長いまつ毛に吸い込まれるような青い目をした、小柄な男だった。
……9年も会っていなかったから、今は分からないけど………でも、
(ずっと会いたかった…………)
…俺の、好きな人だった。
呼び鈴を押して、彼が出てくるのを扉の前で待つ。
彼は今どうなっているんだろう、
…元気にしているだろうか、病気はしていないだろうか、
………俺みたいな新人でも、ずっと傍に置いてくれるだろうか。
…………それに、……………
インターホンから声が聞こえる事はなく、ガチャリと、玄関の扉が開いた。
そこからちらりと、綺麗な金髪が揺れて、
変わらない青色の目がこちらを覗いていた。
「…………鈴鹿先生……、…こんにちは。」
…………鈴鹿杏里。
「……………ひゅう…が………?」
…あの頃と変わらない、美人で少し気が弱そうな、俺の友達。
「…良かった。
………生きてたんだね。」
ーーー
「改めまして今日から先生の担当になります、五十嵐飛雅と申します。」
自分なりに爽やかな笑みを意識して自己紹介してみた。
「……そんな改まらなくていいよ…………」
「一応ね、漫画家と編集者だし。」
出された砂糖入りのミルクココアを一口飲んで、甘すぎてそれ以上飲む事は出来なかった。
「…コーヒー無いの………?」
「………切らしてる………」
…………、、
「まあいいか……、…体調は大丈夫?昔みたいに人見知りはしない?」
俺の知っている杏里はかなりの人見知りで、声が小さくて気が弱い。
中学までは俺が一緒にいたから、そこまで生活に大きな支障は無かったはず………だけど、
「…………」
「…まあ、生きててくれただけでも嬉しいんだ。こうしてまた出会えた事も」
………本当に、
「本当はもう少し編集者のスキル上げてから担当になりたかったんだけど、……とりあえず、これからまたよろしくね。」
本当に良かったって、心の底から思っていた。
「………うん……よろしく。」
ーーー
「……もう帰るの…………?」
「うん、今日は顔合わせだけだから。会社にも戻らないとだし」
しばらく他愛の無い話をして、そろそろ仕事の方も片付けないとと思い会社に戻ることにした。
「わざわざ外に出てこなくても良かったのに、…お見送りありがと」
「ううん………ここまでなら、…出られるから。」
玄関先で少しだけ話していたら、近所の人らしき50代くらいの女性がこちらに歩いてきた。
「あらぁ、こんにちは。」
「こんにちは」
挨拶してもらったので何の気なく返すと、……………突然、
「………………ッ……!」
……………杏里が何も言わず後ろに下がった。
「……杏里?」
「ッ……は…ッ、……はあ…ッ、はぁ………っ」
そのまま玄関に座り込んで、息苦しそうに胸を抑えていれば青ざめてしまい、
「っ杏里…!……やっぱり体調が………」
………昔も、たまに息苦しそうにしている時があった。
けど…これは、あの時のとは全然違くて、
「救急車呼ぶから、待っ…………」
携帯を取り出したら、急に手首を掴まれた。
「…!杏里…………?」
「……ッな…、………リビングの…棚の引き出し、一番上の…………」
小さな声で必死に俺に何かを求めて、言われた通りにリビングに行って引き出しを開けたら、そこには薬の入った袋が入っていた。
「………!杏里、これで合ってる……?水持ってくる、」
薬を渡して水もすぐに持ってきて、玄関で座り込んで動けなくなってしまった杏里に飲むように言うと、なんとかそれを飲み込んで、
「………っ、ぁ…、……っ…………」
………飲んでから少しして、少しだけ落ち着いてきた。
「っはぁ……、…ッはぁ、」
「杏里………大丈夫、ゆっくり息して………?大丈夫…もう大丈夫だから、」
…………それにしても、どうしていきなり体調が悪くなってしまったのか、
中学までは少し息苦しそうにしている事もあった。けど、少しすれば治るくらいで、俺がずっと傍に居たから、
……………だから、
「…………あ、」
さっきの事をよく思い出してみた。
近所の人に声をかけられて、その辺りで杏里の顔色が悪くなって、
………そして…………、
「…………ッ杏里………、
もしかして…………………喋れないのか?」
…………あのタイミングでの過呼吸、棚の中に大量にあった薬。
「………………っ………、」
………何も言わず、杏里は頷いた。
「…そんな…………」
俺の知っている鈴鹿杏里は大人しくて、いつも俺の後ろにいるような気の弱い奴だった。
それでも人と話す努力をしていて、嬉しい時は笑ってくれて誰にでも優しくて、俺はそんな杏里の事が好きで、
それが数年離れていただけで、
…………そこに俺の知っている鈴鹿杏里は居なかった。