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「もう、男の子に戻れなくてもいいかも」
ジェルが女の子になってから数日。
まだ元に戻る気配はない。けど──
「……浴衣、似合ってんじゃん」
「……うるさいな。こんなん、めっちゃ恥ずいわ」
夏祭りの夜。
さとみの隣にいるジェルは、紺地に花柄の浴衣を着ていた。肩が少しあらわで、帯のリボンがふわりと揺れるたび、さとみは妙に意識してしまう。
「だって可愛いんだもん。俺が選んだやつだしな」
「選んだのはええけど、お前が着付け手伝ってくるのが問題やねん……!」
ジェルは頬を赤らめて横を向いた。
さとみの手はいつもより丁寧で、でも少しだけ指先が震えていて──
あの時の距離が、妙にドキドキを煽った。
祭りの会場は賑わっていて、屋台の灯りがふたりの横顔を照らす。
「金魚すくいとか、する?」
「せやな、せっかくやし──って、おい」
さとみがいきなり、ジェルの手を握った。
「……え?」
「人混みすごいし、はぐれたら困るだろ」
「……手、つなぐ必要ある?」
「ある。俺がそうしたいから」
さらっと言われて、ジェルは言葉を失った。
さとみの手はあったかくて、ちょっと汗ばんでる。けど、それがすごく安心する。
(男の姿のときは、こんな風に繋いだりできんかったのにな……)
内心のドキドキを誤魔化すように、金魚をすくってはしゃぐふりをしてみる。
けれどさとみはずっと、優しい目でジェルを見ていた。
夜も更けて、花火が始まる。
大きな音とともに空に咲く光に、ジェルは思わず見とれる。
「……きれいやな……」
「うん。でも」
「ん?」
「お前の方がきれい」
「…………は!?」
唐突なさとみの言葉に、ジェルはぐるんと顔を向けた。
「な、なに言ってんねん……!」
「本音」
「……ほんまに、どこまでずるいんや、お前……」
しばらく沈黙が落ちたあと──
ジェルがぽつりと、つぶやいた。
「なあ、さとみ」
「ん?」
「俺……このまま女の子のままで、ずっとお前の隣おってもええ?」
さとみの目が、少しだけ見開かれた。
「……どうして?」
「だって、今のお前……優しすぎるねん。
……あの時の“かわいい”も、“好きや”も……全部、嘘じゃなかったんやろ?」
「……ああ。全部、本気だったよ」
「なら……このままでいたら、ずっと甘やかしてくれる?」
「当然。もう誰にも渡さないよ」
さとみはそう言って、ジェルの髪をそっと撫でた。
花火の音が遠ざかって、代わりに心臓の音だけが残る。
女の子になって、戸惑って、恥ずかしくて──でも、
今が一番、恋をしている。
「……戻れなくても、もうええかも」
ジェルがそっと笑ったその夜、
夏の空には、誰よりも大きな恋の花火が打ち上がっていた。