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「それ、俺以外の前でやるな」
「うわ〜ジェルちゃん、今日もほんま美人!」
「な、なんや突然!?」
廊下で他クラスの男子に呼び止められたジェルは、戸惑いながら笑っていた。
最近は女の姿での生活にも少しずつ慣れてきていたけど──
それと同時に、やたらと人に話しかけられる機会も増えた。
「今度さ、みんなでカラオケ行くんやけど、ジェルちゃんも来ーへん?」
「えっ、ええけど……その日、予定が……」
「俺、ジェルの歌めっちゃ聴いてみたかってん!」
(うわあ……どないしよ、うまく断れへん……)
すると──背後から、ガシャンと強めにロッカーが閉まる音がした。
「ジェル。行くぞ」
低くて、いつもより冷たい声。
振り向くと、そこには明らかに不機嫌なさとみが立っていた。
「さ、と、み……?」
「お前、こんなとこで何やってんだよ。ナンパか?」
「な、ナンパちゃうって! ただ声かけられただけで……!」
「“だけ”で笑ってんじゃねぇよ。……無防備すぎんだろ」
「え……?」
さとみはそのままジェルの手を強引に引っ張って、廊下を抜けた。
ジェルは半分引きずられるようにして、誰もいない裏庭まで連れてこられる。
「ちょ、ちょっと! どないしたん……!?」
「……なあ、ジェル」
「な、なんや……」
「最近、周りに見せすぎじゃね?」
「は?」
「その顔も、声も、笑い方も──全部、俺のもんだろ」
「…………っ!?」
一瞬、ジェルの時間が止まる。
「ちょ、ちょっと待って……さとみ、お前、それどういう──」
「お前が女になってから、気が気じゃねぇんだよ。 誰かに取られるんじゃねぇかって、ずっとモヤモヤしてんの」
ジェルの背中がゾクリと震える。
さとみは真っ直ぐ見つめて、言葉を重ねた。
「男のときから好きだったけど、今はもっとヤバい。 その手も、その顔も、全部、俺の視界にしか入れたくないくらいに」
「……っ」
「わかってんのかよ、自分がどれだけ可愛いか」
「し、知らんよ……そんなん、いちいち……」
「……だったら、教えてやるよ。俺がどれだけ我慢してんのか」
さとみはそっと、けれど強くジェルの腰に手を回した。
ふわっと抱きしめられる。熱が近すぎて、逃げ場がない。
「な、なんでこんな……っ、急に……」
「もう限界なんだよ。お前が誰かに微笑んでんの、見たくねぇ」
しばらくそのまま沈黙が流れる。
心臓の音がうるさくて、頭が真っ白になって──
けど、ジェルは小さくつぶやいた。
「……ほんま、ずるいな。さとみ」
「……ずるくてもいい。お前だけは、俺のもんでいて」
その日、ジェルは初めて知った。
さとみが本気で、自分を“守ろうとしている”ってことを。
そして、
「独占欲」はただのわがままじゃなくて──
「好き」の形の一つだということも。
「……ちゃんと、そばにおるから。どんな姿でも」
ジェルが小さく呟いたその言葉に、さとみはほっと微笑んだ。
「じゃあ、今度から笑うときは──俺だけに、見せろよ」
「……はいはい、独占男」
「好きなもんは、独り占めして当然だろ」
その腕の中は、少しだけきつく、けれど誰より優しかった。