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その日、空はどこまでも青く晴れていた。
家族4人――雨宮珠莉(12歳)、弟の璃都(10歳)、そして両親は、夏休みの旅行に向かって高速道路を走っていた。 珠莉は後部座席で、弟の璃都とお菓子を分け合いながら窓の外を眺めていた。
突然、車内が父の叫び声で切り裂かれる。 「な、なんだあれは――!?」
――その瞬間、前方にありえない光景が飛び込んできた。 車道をふらつきながら歩く、血まみれの人影。 父が慌ててハンドルを切るが、間に合わない。 ドン、と何かにぶつかった衝撃と共に、車は中央分離帯に激突し、ぐるりと回転した。
「お父さん!お母さん!!」 珠莉が名前を叫ぶ。 しかし返事はない。助手席と運転席――血に染まった両親が動かない。
――暗闇の中で、夢を見ていた気がする。
どこまでも続く高速道路の音。家族の楽しい会話。
……でも突然、轟音と共にすべてが引き千切れるように消えた。
次に意識が戻った時、珠莉はとても寒かった。
体が痛い。鼻をつく、焦げ臭い匂い。
「……ぅ……」
頬に誰かの手が触れ、強く揺さぶられる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん、起きて!」 かすれた、必死な声――弟の、璃都(りと)の声だ。
ゆっくりと目を開く。
目の前には涙目の璃都がいた。顔に血がついている。でも怪我は小さそうだ。
珠莉はゆっくりと周囲を見回す。倒れた車は窓ガラスが割れて、外の光が差し込んでいる。 父と母――その姿はもう動かない。
現実を即座に受け入れることはできなかった。
車の外は、不思議なほど静かだった。 地方の高速道路。山と森に囲まれ、人の姿が見えない。
珠莉は唇を嚙みしめ、小さくうなずく。 璃都の手をぎゅっと握り返す。
「……大丈夫。璃都、一緒にここから出よう」
車外には、まだ“それ”は現れていなかった。 だが、世界のどこかですべてが変わってしまったのだと、珠莉はうすぼんやりと理解し始めていた――。
珠莉は、震える手でドアを開けた。
“何か”が出てきたらどうしよう、そんな不安と戦いながら。
幸い、周囲には動くものの気配はない。
山あいの静かな高速道路。聞こえるのは鳥の声と、遠くで風が木を揺らす音だけだった。
「璃都、水筒とリュック……あと、お母さんのお弁当、ここにあるよ」 いつもなら、それだけで璃都は目を輝かせるのに。今はただ、無言で頷いた。
2人は慎重に車を降りて、周囲を見回した。
倒れた観光バス。壊れたガードレール。その先には谷、そして誰もいない道路。
幸い、近くに自販機と小さな休憩スペースがある。水も少し確保できた。
「ここを……しばらく拠点にしよう」
珠莉は言った。もう頼れる大人はいない。自分が璃都を守らなくちゃいけない――
その焦りと決意が、体の奥をじんじんと熱くした。
寝るのは車の中。食事はお母さんの作ったのお弁当やリュックに入っていたお菓子を少しずつ、分け合いながら。
何も変わらないように見えて、何かがおかしい――
「パパとママは……?」と璃都が毎日聞いてくる。
そのたびに珠莉は答えに詰まった
数日後のある夜――
珠莉は車の後部座席で眠れず、ぼんやりとフロント席に目をやった。
そこで見たのは――
シートベルトに縛られたまま、虚ろな目でこちらを向き、よろよろと手を伸ばそうとするお父さんとお母さんの姿だった。
父も母も、普段通りの服装で前席に座っている。
だが、その目には生気がなく、呼びかけても反応はない。
シートベルトが彼らの体を車の座席にしっかりと縛り付けていて、
呻き声とともに、無理やり身体をひねって後ろに手を伸ばし、爪をぎりぎりとシートに引っかける。
珠莉も璃都も息をひそめる。
ほんの数十センチ先に“家族”がいて、襲いかかろうとしている――
だがシートベルトが邪魔をして、その手は決して二人に届かない。
怖さと哀しさが、珠莉の胸を締め付ける。
これが世界の終わりだと、はっきりと感じた瞬間だった。