テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
小学校のとき。あれは、四年生の冬の頃だったと思う。
給食当番で、一緒に配膳してた女の子がいた。
小さくて、声がかすれてて、目を合わせるのも少し怖そうにしてた子。
でも──そのとき、俺にだけ、話しかけてくれたんだ。
「……わたし、配るの苦手なんだ。代わってもらえる?」
その声は、おそるおそるだった。
だけど、それでも。
俺を見て、俺に頼んできた。それが、嬉しかった。
こんなふうに頼られたの、いつぶりだったんだろう。
“必要とされる”なんて感覚、俺には似合わないって分かってたはずなのに。
それでも、俺は笑って答えた。
「いいよ」
それだけだった。
それだけ、だったのに。
翌日から、その子は無視されるようになった。
机には「しね」と書かれて、上履きには画びょう。
給食の時間、クラスの数人が彼女の器をわざとこぼして笑ってた。
誰がやったかなんて、言うまでもなかった。
俺の机の隣に座っていたこと。
俺と笑い合ったこと。
その“罪”だけで、彼女は罰を受けた。
目を合わせたとき、彼女は何も言わなかった。
ただ震えて、唇を噛んで、俺を見ないようにしていた。
でも、その目は確かに、何かを訴えていた。
「ちがうの」
「ごめんね」
──そんなふうに。
俺は、それを何度も夢に見た。
昼間よりも鮮明に。
彼女の泣きそうな目と、机に貼られた紙の「ビ○チ」の文字を、ずっと。
俺のせいだった。
俺が、笑ったから。
「嬉しい」なんて思ったから。
「ありがとう」なんて言ってしまったから。
もしも、俺が手伝わなければ。
もしも、あの時、無表情で無言でいたなら──
彼女は傷つかずに済んだかもしれない。
だから俺は、優しさが怖くなった。
誰かに微笑みかけられるたび、心の奥がざわついた。
「壊すな」と、自分に言い聞かせた。
“おまえが触れると、壊れるんだ”
それが、俺の中で確かな真理になった。
誰かを想うことは、傷つけること。
必要とされたいと願うことは、奪うこと。
触れたいと願えば、それはすでに“加害”だ。
俺は、そうやって生き方を学んだ。