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アイマスク
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等価交換とは読んで字の如く同等の価値の物を交換するということ。
それすなわち、自分が欲する物に対してそれ相応の物を返さなければならないということ。
そう、何かを得るためには何かを失うしかない。
二兎追う者は一兎も得ず。
欲しい物だけが手に入る、そんな甘い世界ではない。
それがクソみたいなこの世の理、錬金術における原則なのだ。
「お久しぶりです!トラゾー大尉!」
「おぉ、久しぶりだねぇ。アルくんまたおっきくなった?」
執務室に尋ねてきた大きな甲冑。
ぼんやりと目の部分が赤白く光っている
「おっきくなったって…こんな体じゃ背も何もないですよ…」
「そう言う意味じゃなくて、なんだか落ち着いたねって。俺なんかよりも大きくなったなって思ったから」
「僕はまだまだ子供です…貴方や、兄さんのようになれないし…」
ちらっと視線をアルくんが落とす。
彼は、とある事情からこのような体になってしまっている。
本来なら許されるべきではない禁忌を兄弟で行った。
愛してやまなかった母を蘇らせようとした愚かな行為を。
大人と言うにはあまりにも幼く、子供としてとは言えないほど大人にならなければならなかった。
そんな不安定な精神状態で彼こと、アルフォンス・エルリックとその兄、エドワード・エルリックは自身の母を生き返らせるために錬金術における最大の大罪を犯した。
その結果、アルくんは心身の全てを。
そして、隣で正座しているエドくんは左足を。
全てを”向こう”へと持って行かれたそのアルくんの魂を取り戻す為に右腕を失った。
命、というものはそれほどまでに重く、決して簡単に造れるというものではないということ。
それを等価交換として知らしめされた。
人体錬成は最も愚かで、禁忌とされている。
人間が人間をゼロから作り出すのは不可能であり魂、強いては命と等しい物など存在しない。
よって、その行為は固く禁じられていた。
「(それほど母親のことが好きだったんだろうな…)」
拗ねているエドくんを困ったように見ているアルくんに苦笑しつつ正座する彼の前に座る。
「それでエドくんは今度は何をして大佐を怒らせたの?俺のとこに来たってそういうことでしょ」
「あっちが勝手に嫌味言ってきたからムカついて足元に段差作ってこかしてやった」
「ぶっ…!」
「笑い事じゃないですよ!トラゾー大尉!大変だったんですからね⁈兄さんと大佐を宥めるの!部屋の2、3個が消し飛ぶくらいの大惨事になりかけたんですからね⁈」
「い、いやッ…マス、タング大佐がっ、…転ぶとか、ちょっと見たく、って…っ」
「あの無能、アルフォンスに挨拶しておいて、ぜってぇオレのこと見えてんのに『おや?今日は兄の方はいないのか?』っつて言いやがって。オイ見えたんだろコラって言ったらなんて言いやがったか分かるか⁈『どこからか鋼の声が……あぁ、こんな下の方に』だぜ⁈誰が豆つぶドちびじゃ!!」
いや大佐はそこまでは言ってない。
彼なりのスキンシップというかコミュニケーションのつもりだったのだろうけど。
エドくんにとっては、ど地雷もいいとこだったようだ。
まあ分かっててしてる部分もあるから大佐も人が悪い。
「それで転ばしたの?やっぱ怖いもの知らずだなぁ」
「トラゾーさんからも大佐に言ってくれよ!」
「兄さん!大尉!」
「あ、っと、トラゾー大尉からも大佐に部下をいじめないように言ってくんない?」
「さんでいいよ、なんかむず痒い感じするし。俺は実質名ばかりなようなもんだし」
エドくんが眉を下げた。
アルくんもきっと同じような顔をしてることだろう。
「前線で戦わせてもらえないような軍人なのにね」
ある日突然戦線離脱を告げられ、執務室での勤務を命じられた。
「それはトラゾーさんとこのが手ぇ回してるからでしょ。主にクロノア中佐が」
「あ、はは」
一回とんでもない大怪我した時にクロノアさんにすごく怒られて、前線から外されてしまった。
「こんな過保護にならなくてもいいのに…エドくん会ったら言ってよ」
「いや無理に決まってんだろ⁈あの人大佐よりも怒ったら怖いじゃん。オレじゃ無理!」
「じゃあアルくん」
「ぼ、僕も無理ですよ!めっちゃ怖い笑顔向けられるんですよ⁈」
座るエドくんと立ってるアルくんにほっぺを膨らませて睨む。
と言っても顔隠してるから睨んでるのは分からないだろうけど。
「クロノアさん怒ったら怖いけど、そんなに?」
「「そんなに!!」」
「えぇ…」
「「あんたには見せてないだけだよ!!」」
思い出しても、確かに部下や俺の事情を知らない人に対してなんか注意するのはいつもクロノアさんだ。
俺の上司でもあるからなんだから尻拭いしてもらってるみたいで申し訳ない気がするけど。
「そっかぁ」
「オレなんかのは脅しのようなもんだよ、あんなん」
「脅されてんの?じゃあ俺からクロノアさんに部下いじめないように言っとくよ」
「あとが怖いからやめてくれね?マジで怖いんだから…」
思い出して青褪めるエドくんとガタガタ音を立てて震えてるアルくんに首を傾げる。
「黒幕のノアって言われてるだけあるな…」
「感心してんじゃねーって。全くその通りだけど」
初めは俺らのこと怪しすぎて、ホムンクルスと繋がってるんじゃないかって喧嘩ふっかけてきて見事返り討ちにあってた。
そりゃ武道も心得てるクロノアさんに突っかかるなんて無謀にも程がある。
エドくんもそれなりの身のこなしだったけど、やっぱそこは経験値の差かな。
「……って、そんなことはどうでもよくて」
「あ、そうだった。エドくんは俺のとこに用事あってきたんでしょ?」
「久しぶりに会ったからちょっと手合わせしてほしくてさ」
「俺と?もうエドくんは充分すぎるくらい強くなってると思うけど……本音は?」
少年らしい年相応の笑みをエドくんを見せる。
「トラゾーさんの素顔を今日こそ見るのと部屋に軟禁されてるあんたを連れ出す為!!」
「前者の理由が1番大きいでしょそれ」
笑い返すと、ニッと歯を見せて笑った。
「誰も見たことないトラゾーさんの顔見て大佐に自慢してやるんだ」
そう言って一度も見られたことないけど。
これでも前線にいたそれなりに軍人としてはエリートだったんだぞ。
今は引っ込まされてるけど。
「すみません、兄さんこういう子供みたいなとこがあって…一回言い出したら僕の言うことも聞かなくて…」
「ふふ、大変だね」
「大変ですよ、いっつも突っ走って無茶するから。…トラゾーさんみたいに」
思わぬ飛び火というか流れ弾が飛んできた。
年下の子に言われてしまったら威厳というものもない。
そもそもないけど。
「「ゔっ」」
じとりと俺らを見下ろすアルくんの背後に般若のようなものが見える。
彼らの師匠がよく見せてるような顔が。
「アルだってトラゾーさんと手合わせしてアドバイスもらうの楽しみ!とか言ってたじゃねぇか、オレばっかがガキみたいなこと言ってるみたいに言うなよ」
「だって師匠としてるみたいで、なんか楽しくて」
「アルくんもする?俺と」
見上げながら首を傾げて聞くとアルくんが嬉しそうに頷いた。
この子も年相応な反応をしてくれる。
どこか達観したような、せざるを得なかったこの兄弟がいつか純粋に笑い合える未来がくればいいのにと常日頃思う。
「よっし、じゃあちょっと行こっか」
軍服の上着を脱いで腰に巻く。
いちを筋トレは欠かさずしてるから衰えはしてないけど、前線時代に比べれば落ちるものは落ちてしまった。
「「やった!」」
正座から跳ねるようにして立ち上がったエドくんに大道芸人みたいな動きだなと、身のこなしに感心する。
「俺も書類終わらせちゃって暇だったし。……そうだ俺のこの袋が外すことできたらなんでも言うこと一個だけ聞いたげる」
「素顔見れるだけでいいし、あとが怖いからいいよ…」
「そう?手合わせとかもっと付き合うよ?」
「それは……いややっぱいいです!」
エドくんは表情を明るくしたかと思えば暗くした。
…クロノアさんいらんこと言ってるな。
「ち、ちなみにトラゾーさんから一本も取れなかったら僕たちは何をしたらいいですか?」
「え?そんなの一つしかないだろ」
「「っ…」」
身構える2人に苦笑する。
「無茶しないでほしい。君たちが目的を持ってるのもそれを得る為にも色々してるのは知ってる。でも、大人として2人にはこんな危ない場所にいて欲しくないのが本音だし、叶うなら安全な場所で暮らしてて欲しい。…けど、エドくんやアルくんのその原動力を否定する気はないし、突き動かしてるものを拒否もしない。だから、俺が勝ったら無茶をしないでまた俺に顔を見せて欲しいな」
ぽかんと口を開けて俺を見るエドくんの頭を撫でる。
「ま、そんなこと言っても無茶はするだろうし俺のとこには来るだろうけどね?」
アルくんの頭にも手を伸ばして撫でる。
「俺にとっても2人は大事な人たちなんだから」
「「!!」」
「さ!行こう!俺も体動かしたくてウズウズしてるし!……って、エドくん?アルくん?」
「「人タラシ」」
揃った声は俺にそう言った。
わけが分からず頭に疑問符を浮かべるしかできなかった。
──────────────────
「姿勢が甘い!」
「ぅわっ!」
錬金術なしの純粋な体術での手合わせ。
エドくんは体格を生かして低い姿勢をとり俺の体勢を崩そうとしたようだけどまだまだ甘い。
逆に地面に倒れ伏すエドくんを見下ろす。
「やっぱり一瞬だけ、右腕の動きが出遅れてる……ウィンリィちゃんとこにちゃんと寄った?…きちんとメンテナンスしてもらって来たんだよね?」
「ヨ、ヨッテマスヨ」
「………ブチ切れられるよ、また」
この兄弟のことを誰よりも心配してるのは彼女だと思う。
誰よりもエドくんたちの苦悩と絶望と悲痛を近くで見てきだろうから。
「兄さん嘘ついちゃダメだよ…」
「そういうアルくんも顔見せずに来たんでしょ。可愛い女の子泣かせちゃダメだよ?」
「ウィンリィが可愛い⁈あんな機械オタクのどこが⁈」
倒れたまま赤くなる顔を見れば火を見るよりも明らかだ。
少し前にエドくんたちのことでウィンリィちゃんのとこに行った時もおんなじ反応してたし。
「(若いねぇ)」
「も、もう一回だ!!」
倒れた状態から勢いつけて立ち上がったエドくんは真っ赤な顔のまま俺に言い放つ。
「それ何回目だよ、兄さん…」
そうエドくんが地面に倒れ伏すことn回目。
土埃まみれの彼と、汚れひとつない俺。
「エドくんはちょっと休憩。次アルくんね」
「オレはまだ大丈夫だ!」
アホ毛が生きてるかのようにピンと立つ。
「じゃあ2人相手でもいいけど」
「そんな余裕ぶっこいてていいのかよ」
「流石のトラゾーさんも僕たち2人相手は…」
「ならば私が手を貸そう」
「げぇっ⁈」
振り返ればにこりと笑うマスタング大佐が青筋立てて立っていた。
よくよく見れば男前の顔であるおでこに大きなガーゼが貼ってある。
「マスタング大佐…おでこのとこ大丈夫ですか…?」
「かすり傷だ。だがやられたままなのは腹立たしいのでな」
錬成陣の書いてある白手袋を外して関節鳴らしてる。
結構ガチで怒ってないかこの人。
「共にこのクソ餓鬼たちをボコボコにしようじゃないか、トラゾー大尉」
「え、いやボコボコにしてるわけじゃなくて…」
「受けて立ってやるよ。無能大佐さん」
「「ちょっと⁈」」
アルくんと声が揃って宥めようとしてももう遅い。
大佐を止めることができる人はほぼ出払ってしまってる。
「(なんでこんなことに⁈)」
「あとどうやら、大尉のその頭の袋を外すことができればキミのことを好きにしていいらしいな」
「は⁈そんな言い方してないですけど⁈てか、誰がそんなこと⁈」
言うこと一個聞くとは言ったけど、決して好きにしていいなんて言ってない。
「は!あんたまさか⁈」
エドくんが自分の服をバサバサと探り始めた。
「………!!やっぱり!!」
小型の何かを取り出して、手を合わせたエドくんがそれを破壊した。
「いつの間に盗聴器を!」
「はは、それに気付かないとはまだまだ未熟だな鋼の」
食えない奴と言わんばかりに大佐を睨むエドくんにアルくんが溜息をついた。
「兄さんが大佐怒らせるからだよ…」
「俺とばっちりなんだけど…」
「まぁ今は共闘と行こう。エルリック兄弟をのしたら、私と一戦してもらおうか」
「いやいや…勝てるわけなくないです?俺、前線から離れてどんだけ経ってると…」
「なんだ負けるのが怖いのか?中佐の番犬ともあろう大尉が。…いや、トラゾー大尉よりもクロノア中佐の方が番犬か?」
なんとなく自分の上司を馬鹿にされた気がした。
「…あの人の何も知らないくせに勝手なこと言わないでくれますか」
「職権濫用してキミを前線から引き摺り下ろした上司を庇うのかね」
「……それに関しては納得できてませんけど、あの人なりの優しさとして受け取ってます」
「いやあれはただの独占欲だろう。安全地帯にキミを閉じ込めているだけの」
矛先が俺に向いたことでエドくんたちが困っている。
けど俺にも譲れないことだってある。
「その顔の袋も、執着の表れではないのか?それを外させない為にも全てを教え込んだのも」
俺に体術、武術、全てを叩き込んだのは紛れもなくクロノアさんだ。
けどそれとこれは別問題だし関係ない。
「いくら大佐の言うことだとしても怒りますよ、俺」
「すまないが、表情が分からないから怒ってるのかどうなのか確かめようがないな。だからそれを剥ぎ取って確認させてもらおうか」
相手が動くよりも速く体勢を低くして大佐の足を引っ掛けてバランスを崩す。
だがしかし流石は前線に立つ軍人。
すぐに体勢を整えて俺と距離をとった。
「今は共闘してこの兄弟を伏せさせるのが目的じゃないか。私と争うのはその後にしてくれないか?」
「茶々を入れてきたのは貴方でしょう。ご自分の発言と行動をもう一度ご理解した方がよろしいのでは?」
腰に巻く軍服をアルくんに放り投げる。
それをきちんと受け取ってくれたアルくんに笑い返した。
「アルくんたちは一旦休憩。この人ぶっ倒してから手合わせの続きしようね」
「トラゾーさん頑張ってください!」
「オレが手伝おうか?」
「大丈夫。……うーん、でも危ないって思ったら助けてくれる?」
「錬金術あり?」
錬成陣なしで錬金術が使えるのはエドくんの強みだ。
失ったものの代わりに得たもの。
「任せるよ」
マスタング大佐も上着を脱ぎアルくんに放り投げた。
ぎこちなく受け取っていたのは気のせいじゃないだろう。
「いいだろう。私が負ければ発言は撤回する」
「吐いた言葉は一生消せません。撤回するなら勝手にどうぞ」
「よく回る頭と舌だ。…よし決めた。私が勝った時にはキミを私の元へ引き抜く」
「「「はぁ⁈」」」
「言うことをひとつ聞いてくれるのだろう?ならば、それが私からの言うことひとつだ」
俺の上司は、ずっとクロノアさんだけだ。
国家錬金術師が軍の狗と言われるように、俺はずっとあの人だけの狗だ。
他の者に尻尾は振らない、振るなと、そう言いつけられてる。
「それに中佐殿には既に許可を貰っている」
「んな…」
「『やれるものなら勝手にどうぞ』と言っていたよ。全く似た者同士だなキミたちは」
俺が負けるわけないと思ってるのか、ただ単に俺が自分以外に尻尾を振るわけないと分かっていてクロノアさんは言ったのか。
もし、仮に大佐に負けてしまったら。
「……」
優秀で人当たりも良く男女共に慕われるあの人にとって本当は俺は邪魔なのだろうか。
こんな場所に置かれるのも戦闘において足手纏いになるからなのだろうか。
信頼されてるのか、突き放されようとしてるのか。
「……そもそも貴方の方が立場が上なんだから、強引にでも俺のこと引き抜くことできるでしょう。なんでわざわざ」
「キミの素顔を見る興味本位と、中佐の綺麗な吠え面を見る為だよ」
「悪趣味ですね。そんなんだからエドくんに突っかかられるんですよ」
「一種のコミュニケーションだよ」
さっきと逆で俺の体勢を崩そうとしてきた大佐を避ける。
2、3歩後ろへ下がった場所に火柱が立つ。
気付けば錬成陣の書かれた手袋をつけていた。
「ちょ、っ⁈」
「私は一言も大尉に対して錬金術を使わないとは言っていない。すまないが私も本気でね」
「ば、っかじゃねーの⁈」
クロノアさんより立場上の人に対して失言したとは分かっていても卑怯すぎて言葉が出る。
「おっと?吐いた言葉は取り消せないと言っていたな?今のは、いただけない発言だが、…どうする?」
パチンッと指が鳴らされ火柱というか、爆発というか。
地面も削れてきて避けるのに必死になる。
「ほらどうした?私を負かせないとキミは私の狗になるぞ」
「なら、ない!なりませんッ!俺はクロノアさんだけの狗です…っ」
「随分調教されてるのだな。尚更負かせてやりたいものだ」
「ぅ、わっ!」
足元に空いた穴に引っ掛かって後ろに倒れそうになったのをエドくんの錬成で出た大きな手の形をした岩のような手に支えられる。
「エドくんありがとうッ」
「礼には及ばねぇって!大佐をボッコボコにする理由がオレにもできたから助太刀するぜ!」
自分の右腕に手を当て、剣先を錬成したエドくんがパッと駆ける。
大佐の繰り出す焔を避けながら徐々に距離を積める彼を見て戦い方が上手になったなと思いつつ俺自身も一発入れないと気が済まないから距離を詰めていく。
「どわっ⁈」
後一歩のところで大きく指を鳴らした大佐から大きな火柱が立つ。
「あっぶねぇな!!」
エドくんの着ている黒い上着が少し焦げている。
よくあの体勢から身を翻せたものだ。
「余所見は戦闘中にすべきではないな」
今下手に自分が介入すると痛手を負うかもしれないと機会を伺う。
隙など全くない状態で持ち前の動体視力で袋の隙間から動きを追っていた。
そんな視界で大佐が指を鳴らす仕草をこちらに向けたのに反応が遅れる。
「大尉、キミもだ」
頭の中で高速でいろんなことを考えていたから咄嗟に避けたものの、次に来た動きには反応できなかった。
「おゎ、っ」
その隙をつかれて大佐の出す小さめの焔に気を取られ尻餅をつく。
「あっ、しまっ…!!」
フェイクだったと気付いた時には視界が眩しく目を細める羽目になった。
指の隙間から見えたのは俺の袋を持って目の前に佇む大佐と手を伸ばして固まるエドくん。
その後ろで慌ててるアルくんだった。
「…一本取ったぞ?顔も見せてもらおうか」
「い、…」
やだ、と続けようとしたら大佐の頭上から大量の水が降ってきた。
何もないとこというより天井の配管?から大佐にピンポイントで吹き出す水。
「俺の部下にそこまでしていいとは言ってませんけど?」
「クロノアさ、」
顔をあげようして、クロノアさんの上着がかけられる。
「水も滴るいい男になって良かったですね?」
皮肉を込めた言い方をする彼の顔は見えない。
ただ怒ったような声色にびくりと自分の肩が跳ねる。
「これはこれはクロノア中佐……一体どういうおつもりで?」
「それはこっちのセリフですよ。やれるものなら勝手にどうぞとは言いましたけど、まさかここまでするとは思いもしませんよ」
射撃も得意であるクロノアさんがおそらく配管に向かって射撃をし、ただの一発で脆い場所を撃ち抜いたのだ。
「(エイムやばすぎじゃね…)」
「俺の部下にちょっかいかけたって言いますね?ホークアイ中尉に」
「なっ⁈それは、それだけはやめてくれ!」
「てか、もう言いましたから」
鍛錬場の入り口に綺麗な顔で笑う女性が腕組みをして立っている。
ずんずんと歩み寄るホークアイ中尉がマスタング大佐を見下ろす。
「大佐、貴方はいつもいつもいつもそうやって部下たちを揶揄って子供のようなことばかりして…私は恥ずかしいです」
「ち、違うのだ!これはっ!」
「言い訳は後で聞きます。とりあえず今は彼らと大尉たちに謝罪をしてください。部下としても人としてもとても恥ずかしいです」
彼女の背後にも般若が見える。
押し負けた大佐ががっくりと項垂れて謝罪をした。
「では貴方にはこれからお説教です」
狼狽える大佐に笑顔を向けたまま首根っこを掴んで引きずっていく中尉の後ろ姿をクロノアさんの上着の隙間から見届けるしかなかった。
女性は強し、だな。
「………さて、」
静まり返る空間にクロノアさんの静かな声が発せられる。
配管はアルくんが直してくれたのか水も止まっていた。
「発端者はエドくんかな?」
「はひ!」
背筋を伸ばすエドくんと俺の上着を持ったまま慌ててるアルくん。
誰に味方をしてもどうにもならないから焦ってるみたいだ。
「待って待って!俺がいいって言ったんです!2人は何も悪くないですから!」
クロノアさんの腕を掴んで首を振る。
「なんでもいうこと聞くって勝手な約束したトラゾーは後で説教だからね」
やっばい、めちゃくちゃ怒ってる。
クロノアさんのお説教長いし怖いし。
何よりも、言葉だけで済まされない。
「…なぁ聞きたいんだけど中佐って、トラゾーさんのなんなわけ」
怖いもの知らずすぎる。
怖いと言いながらもクロノアさんに面と向かってそう聞ける感情が凄すぎる。
あと空気読んで…。
「俺?」
背後に立っていた俺をチラリと見たクロノアさんがエドくんたちに向き直る。
「秘密。でも、」
「わっ…」
被せられる上着が落ちないようにして肩を引き寄せられる。
「俺にとって1番大切な存在かな」
「「!!?」」
「子供のキミたちには分からないから深く考える必要もないし、知る必要もないけど」
「クロノアさん…」
俺のこと邪魔とかじゃないのかと疑念に思っていたものが消えていく。
「エドくんにもいるでしょ?そういう存在が」
「……あぁ、いるよ」
様々な関係値を含んだような返事。
金色のような瞳は強くクロノアさんを見据えている。
「だから俺は、俺のトラゾーにちょっかいかける人間が許せないんだ。勿論、誰にでも尻尾振るようなトラゾーは躾直しだけど」
「えっ」
「「え」」
「よいしょ」
抱っこするように抱き上げられる。
「じ、自分で歩けますよ!」
「さっき足挫いただろ。今も立ってるのやっとのくせに嘘つかない」
「ぅぐっ」
バレてないと思ったのに。
尻餅ついた時に右足首を挫いてホントはすごく痛い。
上着のおかげでバレないと思ってたけど、クロノアさんにはなんでもお見通しだった。
「この勝負はなし。トラゾーのなんでも言うこと聞く云々も取り消しね」
「あの、トラゾーさんが一回吐いた言葉は取り消せないって言ってましたけど…」
アルくん?
余計なこと言わないで。
たまに空気の読めない発言するけど今じゃないよ。
兄弟揃ってなんなのこの子たち。
「……へぇー?そう?…ふーん⁇」
ひっくくなった声に体が強張った。
これまた言わされる。
色々言いたくもないことを言わされる。
「じゃあ俺はトラゾーに説教してくるから。…あぁ、そうだ。いいこと教えてもらったから今日のところはエドくんはお咎めなしにしとくよ」
あ。
俺犠牲にされた。
こんな等価交換いらないし、寧ろ俺の方は失うばっかじゃないか。
「「トラゾーさんゴメンナサイ」」
手を合わせてカタコトに謝る2人を見て、まさかとクロノアさんを上着の隙間から睨みつける。
「あなた、まさかはじめっからこれが目的で…」
「え?さぁ?なんのことかな」
いつもの柔和な笑みでとぼけたようなことを言うクロノアさん。
そういうところが黒幕だって言われんだよ。
面と向かって言えんけど。
いつから、どこから仕組んでたのか分からないけど、この上司はとんでもない腹黒策士であることを俺は再認識した。
「俺にとっては得るものの方が多いね」
嬉々とした声に終わったと思った。
だからそれ等価交換にならないって。
え、俺が失う分クロノアさんが得るのが理なの?
おかしいよね、やなんだけど。
なんて思ってても俺を抱える力は強くなる一方だし離される気配もない。
「(この世界はやっぱりクソだっ!)」
コメント
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よかった、今回も読めた…!冬奈さまよりってやつだよね。鋼錬クロスオーバー、すごく雰囲気出てて好き。 トラゾーさんが袋かぶってる設定、何か事情ありそうで気になるし、クロノア中佐との関係性が重くて温かくて…「俺にとって1番大切な存在」って言葉にすごく胸が詰まったよ。あの兄弟が懐いてるのも分かるなあ。 大佐とのやりとりもキャラ立ちしてて面白かった!エドの地雷踏むシーンとか、最後の「この世界はやっぱりクソだっ!」で全部持ってかれた(笑)続き、絶対読みたい…!