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「また、来ちゃったね。
ほんとお姉さんさ、危機感なさすぎ…。」
にこっと口元を歪ませながら、彼は自然に手を伸ばしてきた。
指先が触れるだけで、全身が無防備になってしまう。
軽い力で引かれて、部屋の奥へと進んでいく。
心のどこかで「もうやめよう」って、何度も思った。
だけど、一度つかまれたら、逃げることなんてできなかった。
「ねえ、来たってことはさ」
振り返る彼の瞳は、まるで悪戯を思いついた子どものようで――
「抱いてもいいんだよね?」
言葉に詰まる暇もなく、手首を掴まれてベッドへと連れていかれる。
ドアの閉まる音がやけに遠く、
また“同じ夜”が始まるのだと、ぼんやり理解していた。
もう抱かない、責任取らないって言われたのに――
なんでまた呼ばれたのか。
どうして、私の電話番号を知っているのか。
聞きたいことは山ほどあった。
けれど、彼の雰囲気に呑まれて、何も言い出せなかった。
気がついたら、秋物のコートを脱がされて、鞄をそっと椅子に置かれていた。
「ねぇ、お姉さんの全部もらうって言ったじゃん……?」
ベッドに押し倒され、唇が触れそうな距離まで近づけられる。
「だから、全部ちょうだい? 僕に……」
このままじゃ、また抱かれる。
もしかしたら、今回で本当に終わりかもしれない。
自分でも、どうしたらいいのか分からなかった。
この人は、最低だってわかってる。
きっと、私以外のファンの子だって、同じように抱いている。
全部、全部わかってる――
わかってるのに、身体が動かない。
息をするたび、胸の奥がじんじんと痛くなる。
“もうやめたいのに、どうしても離れられない”
そんな自分の弱さだけが、今は一番苦しかった。
彼の手が、迷いもなくボタンにかかる。
服を脱がされていくたび、もう戻れないのだと、
体の奥が静かに告げていた。
「お姉さん、ほんとかわいいよね」
吐息まじりに囁かれる。
耳元に触れるだけで、身体がびくりと跳ねた。
「……ふふ、そういうとこも含めてかわいい」
冗談めかした声。彼のアヒル口がきゅっと歪む。
その笑顔が、どこまでも遠く感じた。
心の奥がずきりと痛んだ。
「……なんで、私……」
言葉が喉につかえて出てこない。
“なんでまた呼んだの?”
“どうして私なの?”
何ひとつ訊けないまま、
ただベッドに押し倒され、
彼の重さを全身で受け止めるしかなかった。
「お姉さん、僕のことだけ考えてて……?」
そう言って、唇を塞がれる。
私が何か言いたげなのを察したかのように、
すべての言葉を甘いキスで奪われてしまう。
最低だって、何度も思うのに。
嫌いになりたいのに。
また、この人に堕ちていく。
彼の唇が触れるたびに、
さっきまで抱えていた理性が、音もなく溶けていく。
もう“嫌だ”なんて、口にすることすらできなかった。
指先が肌をなぞるたびに、
触れられた場所が熱を帯びていく。
呼吸するたび、体の奥が疼き、
心も体も、彼だけの色に染められていく感覚。
前よりも、ずっと気持ちいい。
同じ人なのに、違う。
私の体が、彼を覚えてしまっているのだと、
認めたくないほど、鮮やかに分かってしまった。
気がつけば、何度も彼にほどかれ、
何度も同じ熱に溺れていた。
「やめて」「ダメ」なんて、
その都度唇を奪われ、何ひとつ抗えなかった。
――「お姉さん、挿れるね?」
低く囁かれ、 ためらいもなく、何も隔てず、彼が中へと入ってくる。
逆らうなと命じられているみたいに、唇を塞がれたまま、 体がもう抗うことを諦めていく。
前みたいな痛みなんて、どこにもなかった。
代わりに、甘い熱が全身に広がっていく。
「気持ちよさそうな顔してる、かわいい」
見下ろす彼の顔は、優しさなんて一切なくて――
ただ支配だけが宿っていた。
本気で、壊すつもりで、私を抱きにきている。
激しく、何度も打ち付けられ、
体も心も、すべてが彼に支配されていく。
「……もとき、さん……っ、や……ああ……イっちゃう……」
最後の一線を越える瞬間、
耳元で低く、優しく囁かれる。
「……千華(ちか)ちゃん、僕も――」
世界が、ふっと静止した。
(……どうして、私の名前を――?)
そう思った瞬間、
腰の奥を貫く快感がすべてを塗りつぶしていく。
頭が真っ白になって、
疑問も不安も、全部、遠くに流されていく。
ただ、体の奥に彼の熱を感じて、
甘い痺れに、しばらく何も考えられなかった。
熱の余韻だけが、まだ体の奥に残っていた。
シーツの感触も、どこか遠く感じる。
まだ熱の残る身体をシーツに沈めて、ぼんやりと天井を見上げる。
かすかなキスが、唇に“もうおしまい”を告げるみたいだった。
軽く触れるだけのキスを落とされ、後処理まで手際よく済ませてくれる彼。
どうして――私の名前、知ってるの?
その問いは、喉まで出かかったのに、怖くて声にならなかった。
頭の中には、さっき耳元で囁かれた「ちかちゃん」という声だけが何度も何度も、リフレインしていた。
まるでその名前ごと、自分の存在まで彼に預けてしまったような感覚。
彼は散らばった服を身につけながら、ちらりと私を見やる。
「……どうして?って顔してるね」
目線を合わせてきたその一瞬、すべて見透かされている気がした。
ベッドに腰かけ、同じ目線まで降りてくる。
その口元が、静かに歪む。
そして、耳元で、もう一度。
「またね、ちかちゃん――」
甘く、少しだけ嘲るような囁きが残って、彼はそのまま、音もなく部屋を出ていった。
甘くて、怖くて、優しい呪いみたいなその声だけがいつまでも部屋の空気に残っていた。