テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
地下での一件から数日。私は日常となった配達を終え、お店に戻ろうとしていた。
あのあとルクスさんにこっそり聞いたのだけど、地下で息のあった人は、全員が助かったらしい。それを聞いて、私はほっとした。夢に助けられなかった人が出てくるのではと思ったけど……逆にあのときの幽霊がたくさん出てきて、私にお礼を言ってくれた。あの夢は私の欲望の裏返しかもしれないけれど……でも、ただただ嬉しかった。誰かの力になることができて。
そんなことを考えながら道を曲がると、積まれた木箱の上に、見慣れた三毛猫が寝そべっていた。赤い鈴がトレードマークなこの子とは、最近仲良くなった。動物に懐かれるなんて初めてで、最初は戸惑ったけど、今ではもう撫でることにも慣れた。
「こんにちは。今日はパン余ってるけど、お店に来る?」
にゃあと元気に鳴いて、その子は立ち上がる。てとてと私のあとをついて歩く姿に頬を緩ませながら、私は午後の日差しに照らされる小道を進んでいった。
翌日の朝、買出しのため馬車でフィーネスを出発した私とリタは、西の町ウェスペルへと向かった。一緒に行きたいと言うミリーをなだめるのが、大変だったことを思い出す。
馬車で一日かけて移動をし、町が見えてきたところで、私はあることに気付いた。ウェスペルへ来るのはこれで三度目だけれど、なんとなく町を警護する王国軍兵士の数が、多い気がする。そのことをリタに確認すると、
「確かに……何かあったのかもね。ちょっと聞いてみよっか」
とリタは答えた。
町へ入るとき、兵士の方にパンを差し入れつつ、話を聞いてみると、なんでも町の北にある昔崩落事故のあった廃鉱山、ゲンマ鉱山が盗賊団の根城になっているらしい。まだ鉱山で少しだけ取れる宝石の原石が、盗賊団の資金源になっていて、国としても、それは見過ごせないらしかった。
「我々が到着するよりも前に、冒険者が何人か向かったらしいんだが……結局帰ってこなかったらしい」
もうそろそろ鉱山に向かうから、すぐにこのあたりも安全になるよ、と兵士さんは自信をにじませながら言った。
町の中を進みつつ、北のほうを見上げる。馬車に揺られながら、茶色い頭のゲンマ鉱山を眺めていると、馬車の後方にふっと人影が現れた。ツルハシとランタンを手に持ったその人が坑夫だと、すぐに分かった。おそらく幽霊のその人の声は、遠ざかっていくのに、私にはやけにはっきりと聞こえた。
『ゲンマ鉱山に、盗賊などいないよ』
◇ ◇ ◇
フィーネスへ戻ってすぐ、私はルクスさんとアドレーさんを尋ねた。幽霊の言葉を聞いて、胸の中がどことなく、ざわざわしていた。リタとミリーは配達へ行っているので、パン屋の店先で二人と話をする。
「……そうか。今ウェスペルでは、そんなことが。アニーはそのことが気になる、と……」
「まあでも、兵士の話ならそろそろ鉱山へ向かうんだろ? 心配するようなことは、何もないと思うが……」
さすがに幽霊のことは話せなかった。そうですよねとこぼしながら、自分の言葉を反芻していると、私はある違和感に気が付いた。
「……あの。買出し中に、町の人に聞いたんですけど。増員された分の兵士は、もうウェスペルに三週間もいるそうなんです。これって、ちょっと変じゃないですか……?」
「確かに……。ウェスペルへ移動し、準備をしているにしても、一週間もあれば十分だろう。むしろ三週間もいてしまったら、盗賊団がそのことを知って、鉱山を出ていってしまう可能性が高い……」
「ウェスペルの一件、どれかが間違った……嘘の情報ってことは、ないでしょうか?」
「……ちょっと調べてみるか」
アドレーさんの言葉に、ルクスさんが頷く。それを見て、私も胸を撫で下ろした。
墓地での一件以来、私は二人のことを、とても信頼の置ける相手として、接するようになっていた。
◇ ◇ ◇
数日経って、二人に呼び出された私は、宿屋を訪ねた。
「結論から言うと……ゲンマ鉱山では、何か良くないことが起こっている可能性が高い」
「色々と調べてみたんだが、アニーの言っていたことは事実だった。もう軍はウェスペルに四週間も駐留している。盗賊団の討伐が目的なら、おかしい。それに数も変だ。聞いた話、盗賊団は二、三十人くらいってことだったが、そのためにあれだけの部隊を用意するのは、ちょっと大がかりすぎる……。でも兵士の様子を見るかぎり、彼らは本当に盗賊団に対処するつもりでウェスペルにいる。……誰がどんな思惑で軍を動かしているかは、まだ分からないが、目的が盗賊団の撲滅でないことは、ほとんど確定と言っていいだろう」
ルクスさんの言葉を、アドレーさんが補強した。
「だから一度、俺たちで鉱山の様子を見に行こうと思う。アニーには以前のように、何かあったときの連絡役を頼みたいんだが……」
そこまで言ったところで、ルクスさんは私に苦笑を向けた。
「またついていきたい、って顔だな……。でも、今度ばかりはダメだ。あのときは、地下に何もない可能性があったから連れていけたが、今回は違う。もし仮に情報が全て正しかった場合、数十人の盗賊団と戦う可能性だって出てくる。そんな危険なところへ、君を連れてはいけないよ」
「足手まといにはなりません。何かあったら、お二人の言うとおりにします。……二人はあのとき、私の言葉を、私のことを、信じてくれました。そんな二人の、力になりたいんです……。ここで帰ってくるかも分からず、待ち続けるなんて……そんなこと、私にはできない」
二人が困っている雰囲気が伝わってくる。私は顔を上げ、視線でも二人に訴えた。しばらくして、二人は顔を見合わせると、肩をすくめた。
「……分かった。何かあったら、アニーは自分の命を一番に行動するように。約束できるね?」
「はい……約束、します」
その後、私がお店までルクスさんに送ってもらうと、店の前であの三毛猫が待ってくれていた。
「こんにちは。今日も来てくれてありがとう。残ってたパンがあるはずだから……ちょっと待ててね」
ルクスさんにお礼を言って、私はお店に入っていく。パンを探しながらふと店の外を見ると、ルクスさんがあの子と戯れていて、それはとても心穏やかになる光景だと、私には思えた。
◇ ◇ ◇
その後、準備を整えた私たちは、すぐにフィーネスを出発した。リタにはウェスペルで二人を案内すると嘘をついてみたものの、二人との関係をからかわれてしまった。リタの笑顔を思い出す。絶対に、三人で無事に帰るんだ。私は馬車に揺られながら、沈んでいく夕陽を眺めた。
「……なあ、アニー」
「はい、なんでしょうか?」
不意にルクスさんが声をかけてくる。真剣な声だった。
「君の記憶はまだ戻ってないのか?」
「そう……ですね。やっぱり、名前以外は……」
この嘘も、もう言うのに慣れてきてしまった。緊張することなく、いつもどおりの口ぶりで、もう言える。
「そう、か……実はな、以前俺が王都にいたとき、君に似た人に出会っていて……。泥棒に襲われかけた君を、俺が助けたんだが……覚えてないだろうか?」
「泥棒……」
考えて、すぐに思い出せた。そうだ、彼は……ルクスさんは、あのとき、仕立屋さんの前で、私を助けてくれた人だ。じゃあ、あのとき一緒にいたのは、アドレーさん……?
あのときの感謝を、また二人に伝えたかった。でも、それはできなかった。だってそうしてしまえば、私が「禁忌の魔女」であると自白したのと同じだ……。二人なら、アウレリアさまの言葉でなく、私の言葉を信じてくれるかもしれない。でも、それはそういう可能性がある……という話でしかない。もし今、この場ですべてを認めれば、リタと家族には迷惑がかからないだろう。心配させることにはなるけれど。二人のことは、今まで出会ってきた人の中で、一番なくらい信用している。でも……でも、今話すべきことなのか。その判断が、私にはどうしてもできなかった。
ずっと黙っていた私を見て、ルクスさんは納得したような表情を見せた。
「難しいことを言って、すまなかった。記憶が戻っていないなら、それでいい。……ただそんな君にもう一つ、聞いてほしいことがある」
なんだろうとルクスさんの様子をうかがうと、彼は何か大事なことを思い出すように、遠い表情を作った。
「ずっと昔……俺がまだ幼かった頃。その頃にも、君に似た女の子に、俺は会ったことがあってね。その子の言葉に、本当に励まされたんだ……。自分の人生を、肯定できるようになるくらい」
そう語るルクスさんの横顔を見た。懐かしそうに、そしてとても嬉しそうに。ルクスさんも夕陽を見ながら、そう語っていた。
「……君にも小さい頃、男の子に会った記憶がないだろうか? この国の辺境の、農地に囲まれた草原で、会ったんだ……」
気付くと、ルクスさんがじっと私のことを見つめていた。どこか、すがるような視線だった。普段なら照れてしまいそうだけど、私は自分の記憶を探ることで精一杯だった。でもいくら考えても、ルクスさんの言うような記憶を思い出すことは、できなかった……。
「……ごめんなさい。それもちょっと、思い出せないです……」
その言葉に、ルクスさんはそうかと短く返した。その後の居心地の悪さに、私は膝を抱えてしまうのだった。
コメント
6件
兵士を集めて一体何が行われているのか? リティアとルクスの過去も気になります!!
