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羽海汐遠
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#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
ユリウスはユーリを連れて、彼が寝泊まりしている宿屋にやって来た。
その間、ユーリはずっと下を向いて無言だった。
ユリウスは最初、一階の酒場に席を取ろうとしたが、あいにく満席。
「やれやれ、最近は本当に人が増えたね」
そう言って、彼はユーリを自分の部屋に連れてきた。ベッドと小さなテーブルセットがあるだけの質素な部屋である。
「ベッドにでも座って。別におかしなことをするつもりはないから、安心していいよ」
ユリウスの言葉にも、ユーリは微かに笑ってみせただけ。
いつもなら「そういうのはやめて」と言うのに、これは重症だなと彼は思った。
「話を聞かせてくれるかい。無理にとは言わないけれど」
ユーリはそれでも口を閉ざしていたが、やがてやっと言った。
「アウレリウス様が、婚約すると聞いたの。相手は属州総督の娘ですって」
「あぁ……なるほど」
ユリウスはおおむねの事情を察した。彼とて生まれは貴族である。政治家としての才能はないと自分で見切りはつけたが、その程度の推察ならできる。
(縁談は妥当なところだね。最近はドリファ軍団と属州総督とで綱引きが激しくなっていたみたいだから。ユーリの功績が原因で、トドメが地炎獣の討伐。ついでに僕の新しい『カタナ』)
内心の考えは表に出さず、ユリウスは問いかける。
「婚約の話は、誰に聞いた?」
「食堂に来ていた商人から」
「それならただの噂話だね。アウレリウスに確かめたわけではないんだろう?」
「それは、そうだけど」
ユーリの目にわずかな希望の光が灯って、すぐに消えた。
「……私、場違いだなって思ったの」
少しの間をあけて、彼女はぽつりとそんなことを言った。
「私は異世界人で、雑学にちょっと詳しいだけの一般人。私なりに一生懸命仕事をしたけれど、どこまで役に立ったかしら。だから、あの人のそばにいる資格はないんじゃないかって」
「まさか、何を言っているのやら。ユーリが来てからこの町がどれほど変わったと思う?」
ユリウスはわざと明るい口調で言ったが、彼女はうつむいたままだった。
彼は続ける。
「アウレリウスもね。昔はもっと頭が固くて、絵に描いたような朴念仁だったよ。それがあんなにユーリを気にかけているんだ。僕、びっくりしたよ。彼は変わったんだ。ユーリが変えたのさ」
「たとえそれが本当でも」
言いながら、ユーリは寂しく笑った。ユリウスの胸が痛くなるような笑みだった。
「ずっと一緒にいられないのは、今日の話で身にしみたわ。婚約とか、結婚とかの話になってしまえば、私は出る幕がない。私は貴族ではないし、過去のヤヌスの英雄のように特別な才能があるわけでもない。立場の違いを考えたら、あぁ、無理だなって実感したの」
「……それなら」
ユリウスが言う。先ほどとは打って変わった低い声で。
「僕と一緒にこの町を出よう。あなただけに生涯、忠実でいると誓うよ。立場に縛られたアウレリウスのことなんか忘れて、僕を選んでくれ。そうすれば、悲しい思いなんて絶対にさせない」
「――本気で言ってる?」
「まだそんなこと言うの? どうすれば本気だと分かってくれるんだ」
ユリウスはユーリの前に跪いて、右手を取った。びくりとする彼女を押さえつけるように手に力を込めて、指先に、次いで指の付け根に口づける。
彼の身のうちに火で炙るような熱が生まれる。熱情と欲とが渦巻いて、彼のムーンストーンのような瞳を内側から照らしていた。
「僕に立場なんかない。どこへだって行けるよ。旅を続けていれば、誰もあなたが異世界人だなんて気にしない。ねえ、そうしよう。ユーリ」
「……あの人と仲直りできて、あんなに喜んでいたのに?」
彼の手を振りほどくのを諦めて、ユーリの体から力が抜ける。
「仕方ないことだ。今となっては、ユーリの方が大事だから」
「日本刀の完成もまだなのに」
「諦めはつくよ。今の剣だってじゅうぶんに名剣だからね」
惜しいと思う気持ちはあるが、天秤に載せるものではない。
「――魔王竜を殺すのは、諦められるの?」
ユリウスは答えない。その悲願だけは、簡単に諦めると言えなかった。
「それだけは、諦めるとは言えない」
ユリウスはユーリの手を握りしめる。
「けれどたまに思うんだ。八年前に姿を消して以来、あいつは足跡さえ見せない。このまま長い年月が流れて、僕が年老いて剣を持てないほどになるか、もしくは寿命で死んだ後にあいつがまた出てきたら。僕にはどうしようもないと。
だから、今のあなたを諦める理由にはならないんだよ。ユーリ」
ユーリは黙ったままでいる。手を握り返すことはせず、目を伏せて。
涙はもう出ていないけれど、睫毛が瞳に影を落とし続けている。
それからしばらく静寂が流れて、彼女は言った。呟くような声だった。
「……ごめんね。やっぱりユリウスの想いに応えられそうにない。それでもあの人が好きなの」
「気が変わるのを気長に待つよ。二人きりが気まずいなら、ロビンとヴィーに付き合ってもらおう。あいつらこそ、この町に何の思い入れもないからね」
「……ごめん」
ユリウスはもう一度彼女の手をぎゅっと握った。
「どうしても?」
こくりとうなずいた彼女に、彼は息を詰まらせた。
そのまますがるように手を握り続けて、それでも応えはなくて、ようやく。
ユリウスは無理矢理に笑ってみせた。
「あーあ、ふられちゃったよ! 一世一代の告白だったのに。ユーリは頑固者だ。アウレリウスとお似合いさ!」
そう言って、ユーリの顎に手をかけて――頬にキスをした。
「なっ……」
不意打ちをされてユーリが真っ赤になる。
「これで諦めておくね、今回は」
頬を押さえているユーリにウィンク一つ。
「明日、我が従兄殿にどういうつもりか話を聞きに行こうじゃないか。ユーリはしっかり問い詰めるといいよ。彼がそれでもバカを言うようなら、僕がユーリをさらってあげる。無理矢理にでも」
「ちょ、ちょっと待って。話が急すぎるわ」
ユーリは焦って言うが。
「ユーリを何日も悲しませたままでいられるわけない。こういうのはさっさと決着をつけた方がいいんだ。今夜はここで寝ていいよ。心配しなくても、僕は外に出てるから」
「そんなわけには――」
ユーリの制止の声を振り切って、ユリウスはさっさと部屋を出た。
そしてドアを閉めるなり、立ち止まって。
壁に背をつけたまま、彼はずるずると床にへたり込む。
立ち上がる力をなくしてしまって、彼は思った。
(失恋、きつすぎるだろ……)
指先で唇に触れる。彼女の頬に押し付けた場所を。
その熱も欲も全て押し留めて、もう二度と彼女に見せてはならない。
それでもなお彼は彼女に恋していた。だから力になろうと思った。
まだ割り切ることはできない。けれど決めたのだ。決めたからにはやり通すのが、ユリウスの流儀だった。
(でも、今夜くらいは)
背後にいる彼女を思いながら、手に入らなかった温もりを想いながら。
ただ、彼女の幸せを願う。
背に感じる壁の向こうを思いやって、ユリウスはドアの前に夜通し座っていた……。
翌朝。ユリウスが宿屋の部屋に入ると、ユーリは昨日とほとんど変わらない姿勢でベッドに腰掛けていた。
「おはよう。昨日は少しでも眠れた?」
彼の問いにユーリは軽く首を振る。
「明け方に少しウトウトしたくらい。でも、おかげでいっぱい考えて決心がついたわ」
「よし。じゃあ、アウレリウスのところに行こうか。一緒に行くよ」
「そこまでユリウスを頼るわけにはいかない。一人で行ける」
彼女の返答にユリウスは苦笑した。
「ユーリの気持ちは立派だけど、この国の貴族の常識とか、あなたは知らないだろ? そんなつまらないところで行き違いがあったら、嫌だからね。途中までは僕がサポートするよ」
「……そう、ね。何もかも甘えてしまって、ごめんなさい」
ユーリが目を伏せたので、ユリウスは明るく笑ってみせた。
「僕がやりたくてやっていることだ。さて、行こうか」
そうして彼らは連れ立って朝の町を歩いていく。
人々の賑やかな往来の中で、ユーリは心を新たにした。
(カムロドゥヌムの町は、これだけ人が集まって賑やかになった。カレーと石けんの事業は、これからもみんなの役に立つと思う。だから私は、あの人の答えがどうであっても、この町に残って仕事を続けるわ。一度引き受けたのだから、子供たちの面倒をきちんと見なければ。いつか私がいなくなっても、全てがうまく回るようになるまで)
朝日が照らす道の先に、ドリファ軍団の駐屯地が見える。
ユーリは足に力を入れて歩き続けた。
コメント
1件
うわあ……ユリウスの告白シーン、めちゃくちゃ胸に来たわ。いつも飄々としてるのに「失恋きつすぎるだろ」って壁にへたり込むとこ、グッときた。ユーリも「それでもあの人が好き」って自分の気持ちを貫いて、翌朝には仕事と子供たちのために町に残る決意をする——この二人の距離感、すごく良いな。切ないけど、次の展開が気になる😢✨