テラーノベル
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仕事に向かう車の中、窓の外を流れていく景色を見ながら、胸の奥がざわついて落ち着かない。
これまでなら、守るのは自分の役目だと無意識に思っていた。
人前に出るのも、強く振る舞うのも、自分の方が慣れているし、仁人は隣で呆れたように俺を見つめながら笑って、少し後ろに立ってくれる存在だったはずなのに。
なのに今は、その立場が静かにひっくり返っている気がする。
『大丈夫?』
運転席から投げかけられた声に、はっとして顔を上げた。
「う、うん、考え事してただけ」
『にしては考えすぎてんな笑』
「…そう?笑」
仁人はそれ以上追及せず、ただ前を見たまま言う。
『まぁ、安心しな。今日はずっと近くにいるから』
現場に着くと、すでに黒崎の姿があった。
スタッフに囲まれながら指示を出す姿は、いつも通りの有能な監督そのものだったが、俺の姿を見つけた瞬間、視線がわずかに熱を帯びたのを、仁人は見逃さなかった。
「おはよう、佐野くん。昨日は急だったね」
「おはようございます」
一歩下がりかけた瞬間、仁人が自然に隣へ並ぶ。
『おはようございます』
「あぁ、吉田くんも一緒か」
『はい。今日たまたま休みだったので。僕もドラマありますし、勉強がてらに』
黒崎は一瞬だけ口元を歪め、それから作ったような笑みを浮かべた。
「仲がいいんだね」
『恋人なので』
その一言で、周囲の空気が微妙に揺れた。
近くにいたスタッフが視線を交わすのが分かる。
それでも仁人は何も気にしていない様子だった。
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(…こいつ凄ぇな笑普段なら絶対言わねぇのに)
自分が言う側だったはずの言葉を、今は仁人が迷いなく口にしている。
撮影が始まると、仁人はいつも以上に俺の近くにいてくれた。
カットの合間、水を渡すタイミング、移動のときの立ち位置、すべてが計算されているかのようだった。
昼休憩になり、黒崎が再び近づいてきた。
「佐野くん、少しだけ話せるかな」
その瞬間、俺より先に仁人が反応した。
『ここで話してください』
「…二人きりじゃないと困る話なんだ」
『仕事の話なら、ここで十分ですよね?』
黒崎は少しだけ声を低くした。
「君は、随分と支配的だね」
『危険なものから遠ざけようとしているだけですけどね』
はっきりと言い切る仁人を見て、息を飲んだ。
「仁人…」
『いいから、下がってろ』
短いが、今までに聞いた事のない声で無意識に一歩後ろへ下がる。
黒崎の視線が仁人に向けられる。
「君がそこまで出るなら、佐野くん本人の意思を聞きたいな」
その言葉に心臓が跳ねた。
逃げることもできた。
でも、仁人の背中を見てしまった今、逃げる選択はできなかった。
「…俺は、仁人のそばにいるって決めてるんで」
「それは、恋愛感情?」
「それもありますし、なにより大切なメンバーなので。」
はっきりと答えた。
黒崎は数秒黙り込み、それから薄く笑った。
「若いね。でも、仕事と感情は別にしないと」
『その台詞、そっくりそのまま返します』
黒崎はそれ以上何も言わず、踵を返した。
その背中が遠ざかって、やっと息を吐いた。
「…さっきの俺、ちゃんと言えてた、?」
『うん。まぁかっこよかったんじゃないですか?』
「それ、普段俺が言うやつ笑」
控室に戻ると、仕事を終えた舜太と太智が待ち構えていたように顔を上げる。
「なあなあ、さっきの見たで笑」
「仁ちゃん、完全に彼氏やったなぁ笑」
「やめろって笑」
「いや、勇斗ちゃんが守られる側になっとるんが新鮮やわ笑」
「ちょっと可愛かったんじゃない?笑」
「…それ以上言うな、笑」
耳が熱くなるのを感じながら、横を見る。
仁人はいつもの呆れたように微笑んでいたが、その目はまだ緊張を残していた。
「無理してない?…って無理させてるの俺だけど、」
『無理してないよ』
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