テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その日から現場の空気は微妙に変わった。
誰かがはっきりと何かを言ったわけじゃないのに、仁人との間にある距離感が以前よりもずっと分かりやすくなっていたからだ。
俺が移動すれば、少し遅れて仁人も動く。
俺が誰かと話していれば、仁人は必ず視界に入る場所に立つ。
過剰ではないけれど、意図的な位置取りだった。
なぜかそれに安心してしまっている自分がいた。
昼前、楽屋で衣装合わせをしていると、黒崎がノックもせずに入ってきた。
「佐野くん、少し時間をもらえる?」
その瞬間、仁人が立ち上がる。
『ここで話してもらってもいいですか?』
「…君はいつも一緒だね」
『恋人なので』
当たり前のように毎度口にする言葉に黒崎は小さく笑った。
「それ、本気で言ってるのかい?」
『本気です』
「君がそこまで言うなら、仕方ない。でもね」
黒崎は一歩、俺に近づこうとする。
その瞬間、仁人が間に入った。
『それ以上、近づかないでください』
静かな声だったが、拒絶ははっきりしていた。
「…君は、随分と独占欲が強い」
『実際独占してるんで』
即答だった。
俺の胸が大きく脈打つ。
「本人が嫌がってるようには…見えないね」
『嫌がらせないようにしてるんです。誰かさんとは違って』
黒崎は一瞬だけ言葉を失ったようだった。
俺はその背中を見つめながら初めて思った。
仁人は怒っているのではなく、ちゃんとした境界線を引いているのだと
「…黒崎さん、俺、正直に言います。黒崎さんは監督として尊敬してます。でも、個人的な距離はこれ以上縮めたくないっす」
その場の空気が張り詰める。
「それは…君の本心?」
「はい」
「分かった。今日はここまでにするよ」
そう言って出て行ったが、その背中は納得しているようには見えなかった。
扉が閉まったあと、膝から力が抜ける感覚を覚えた。
「……ちょっと怖かったぁ笑」
『よく言ったね笑』
「仁人が前に立ってくれたからな。それに、いつも仁人に助けられてばっかだったし、俺からも言わないとって思って」
『笑笑笑』
夜、 スマホが再び震える。
【黒崎恒一】
"今日は驚かせてしまったね。悪気はなかった。 君が嫌なら、少し距離を考える。"
その文面に、一瞬だけ安心しかけた。
だが、すぐに次が届く。
【黒崎恒一】
"でも、君の才能を一番近くで見ていたい気持ちは変わらない"
指先が冷える。
迷わず仁人に電話をかけた。
『どうした?』
「……また来たんだけど、ちょっと、見てほしい」
数十分後、仁人が俺の家に着いた。
『どうした? 』
「ちょっとこれ見て」
部屋に入ると、スマホを差し出す。
仁人は無言で読み、静かに画面を伏せた。
『距離考えるって言ってんのに。なんだよこいつ…』
ソファに座り込み、小さく息を吐く。
「俺さ…怖いって言うの、ダサい気がしてた。こういう性格だしさ、笑」
『こんな怖いに決まってるでしょ。』
「うん…仁人がいてくれなかったら…やばいわ、笑」
コメント
5件
白さんの作品大好きです🥺
すみません、本当に出来ればで大丈夫なのですがこのお話の逆バージョンって出来たりしますか? 出来るのであればお願いします🙇♀️ 本当に出来ればで大丈夫です