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テラーノベル(Teller Novel)
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どこかから、誰かを呼ぶ声がしている。勉はしわくちゃな夏目漱石とにらめっこしながら、喉の渇きと相談している。呼ぶ声が近づいてきた。勉はまだ千円札を見つめている。何者かが肩を叩いてきた。身体をびくっと動かし振り返った勉の前には、背の低い男が立っている。くりっとした目が、どこか馴れ馴れしい。小太りの身体は、汗まみれのTシャツにラップされていた。何の用だろう? 勉は財布を尻に戻す。目の前の男は肩にかかる大きい鞄を熱い地面におろし、一歩こちらへ近づく。

「おい、俺だよ」

セミの声がやんだ。背中に汗が一しずく流れる。

「まさか」勉は声をあげた「と、徳川じゃないか」

東京圏には一千万にのぼる人がいるわけで、特に都区内での毎日はそんな数字すら、抽象の彼方に蒸発してしまっているわけで。満員電車に顔を歪めながら自ら積まれる人も、道路の上で自由に動けてるとは言い難いハンドルを握る運転手も、パソコンの説明をする制服の係員も、両手に家電屋のマーク入り紙袋を持つ外国人観光客も、何年この街に住んでみてもあかの他人ばかりだ。ただ知り合いとばったり出くわす程度のことですら、この街はちょっとしたニュースにしてしまう。ただ徳川の登場は、電圧の違うノートパソコンを買わされた白人が日本語の保証書を楯に再び秋葉原入りしようとする以上の、珍事中の珍事であった。徳川はかれこれ10年以上も前にフランスに渡ったっきり、勉の知りうる限りの誰も、消息を掴んでいない。特にここ2、3年は、仲間内で徳川の話が出ることすらなくなっていた。色白の顔、少し傾いた首すじ、気まぐれに散る癖っ毛は確かに本人なのだが、伸び放題の髭と出っぱった腹が、当時の面影を静かに覆い隠していた。

真実のトライアングル

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