ソファーにゆっくり腰を下ろすと、柔らかな弾力伝わってくる。座り心地は抜群だから、ここで本を読めばさぞ快適で時間の経過などあっという間なのだろう。本棚いっぱいぎっしり詰まった本を見つめた。
少しずつ段ボールから出しては詰め、出しては詰め、という作業を繰り返しているうちに、空の本棚にはたくさんの本が溢れた。
図書館のような理想的な空間。
ダウンライトを点けると温かみのあるオレンジの灯りがソファーを照らす。
本棚を眺めながらぼんやり考えた。いつから本格的に仕事に復帰しようか、復帰したら光貴と離婚して一人で生活できるのかな、誰かに離婚のことを相談してみようかな――あ、だめだ。と普通は絶対光貴の味方する。職場の上司も夫の浮気で苦労したと聞いている。ほんとうのことを知られたら、最悪女と罵られるだろうな。みんなに嫌な思いをさせてしまう。
だったら他の会社を探した方がいいかもしれない。今のスキルを活かした別の会社で働けるように、神戸から引っ越して、誰の迷惑も掛からないような所へ行かなきゃ。
ただ、私が光貴との離婚を言い出したら、親族や友人全員からとてつもなく攻撃され、更に離婚を思いとどまるように説得されると思う。心が折れるかも…。
私は首を振った。たとえ離婚に向けて困難な道だとしても諦めない。私が新藤さんと一緒になるとかそういう話ではなく、これ以上罪の無い光貴を裏切り続けることが苦しい。早く私みたいな外道から彼を開放して、もっと光貴を大切にしてくれる女性と人生を共にして欲しいと願いたい。
離婚理由を聞かれたら、光貴との溝を埋められない、詩音のことが辛い、とその一点を強調して押し通すしか無いかな。
詩音をダシに使うみたいで嫌だけど、光貴に落ち度はない。罵倒される覚悟で新藤さんとのことを正直に話したいけど、そんなことをしたら、罪の無い光貴に一生消えない傷をつけてしまう――
新藤さんとの秘密の恋は、私が一生背負って地獄まで抱えて持って行く。
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、光貴を裏切ってしまった罰として心に刻んでおかなきゃ。
「どうした、ぼんやりして」
考えごとをしていた私の隣に光貴が座った。このソファーは大人二人がゆったり座れるくらいのスペースしかない。少し手狭ではあるけれど、まるで図ったかのようにこの空間に丁度良いソファー。
「これを買った時のことを思い出してて。たった二か月の間に色々あったなぁって……」
「そうやな」
光貴が肩を抱いてくれた。優しく髪を撫でてくれて、色々あったな、と呟いた。
新藤さんと違ってやや小ぶりな手。ギター弾きだから指先の皮は厚くてマメもいっぱいあって、そのマメのせいで少しゴツっとしたところもあって、でも、その指でたまに頭を撫でてくれるのが好きだったな。
好きだった――過去形の自分の気持ちに光貴とはもうどうすることもできないのだと悟った。
光貴が私の肩を抱きしめてくれる指に力が込められた。
「色々あったけど」
光貴…ごめんね
「ずっと一緒にいよう」
もう一緒に歩けない
「これからも大事にするから」
光貴の愛に一生かけて応えていくつもりだったけれど
「その…」
応えられなくなった罪人の私を
「上手く言えないけど、さ」
光貴の記憶からぜんぶ消し去って
「もういっかい、ぼくらの所に」
私のいない世界で
「詩音が帰って来てくれたらいいのにな…」
あなたが幸せになれますようにと、願うしかできない私を赦して――
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