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「信じてたのに」
昼休み。人気のない階段の踊り場。
「なあ、美咲――」
陽翔の声が、いつになく低かった。
背中を向けたままの彼の様子に、美咲の心臓が嫌な形で跳ねた。
「涼に……俺のこと、話した?」
空気が、音を立てて凍りついた。
「……何のこと?」
美咲が苦し紛れに笑おうとしたとき、陽翔が振り向いた。その目は、いつもの優しさなんて欠片もなかった。
「借金のこと。俺の家のこと。……言ったんだろ?」
「……!」
「なあ、美咲。俺がどれだけそれを誰にも言いたくなかったか、知ってたよな?」
美咲の口が震える。
「ちがうの……言うつもりじゃなかった。でも、あのとき、苦しくて……誰かに――」
「誰かに、俺のこと話した?」
陽翔の声が上ずった。
「俺のことを、“俺抜き”で勝手に喋って、救われた気になってた?」
「違う、そうじゃない――!」
「違わねぇよ!」
怒鳴られた瞬間、美咲の目に涙が浮かんだ。
「私は……あなたに、言えなかった。嘘をついてきた罪悪感があって……」
「じゃあ俺は、なんだよ」
陽翔の声が、もう怒りよりも哀しみに沈んでいた。
「美咲の中で、もう“話してもいい存在”じゃなかったんだな。あんなに俺、お前のことだけは信じてたのに」
「陽翔……」
「もう……いい」
陽翔は美咲を見ようともしなかった。
その背中は、まるで別人のように遠かった。
そして、その会話を階段の影から“偶然”聞いていた男がいた
幕間「いいね、壊れていく音」
放課後、旧校舎の屋上
涼はひとりで、風を受けながら空を眺めていた。そして、ふと口元を歪める。
「――やっと、ヒビが入った」
彼のポケットには、美咲の話を録音したボイスメモ。使う気はなかった。いや、今はまだ。
「陽翔の“まっすぐさ”が壊れる音って、案外綺麗なんだな」
その笑みは、どこか寂しさすら混じるような、ゆがんだ安堵だった。
「でもこれで……ようやく、同じ土俵に立ったな」
彼の瞳に映るのは、二人の“完璧な幼馴染関係”の崩壊。
それこそが、涼が最初から求めていた――「居場所」の証明だった。
第20章「霧が晴れた夜」
放課後、旧校舎の最上階。
いつもの場所に呼び出された陽翔と美咲。そこには、いつになく静かな涼がいた。
「……なんで、俺たちを?」
陽翔の問いに、涼はゆっくりと口を開く。
「ようやく、話す時が来たみたいだな」
風がカーテンを揺らす中、彼は黒い感情を押し殺すように言った。
「俺、小学5年までこの町に住んでた。覚えてる?」
美咲と陽翔、互いに顔を見合わせる。
「……まさか……」
「涼太……くん……?」
美咲が思い出したように名をつぶやく。
「そう。霧島 涼太。君たちふたりが“公園で一緒に遊んでた男の子”。忘れられてるとは思ってたけどな」
陽翔の顔から、血の気が引く。
「……じゃあ、あの時――」
「俺の家が、君の父親が起こした“事故”で壊れたこと、知ってた?」
沈黙。
涼の声が、怒りとも悲しみともつかない、静かな冷たさで続けられた。
「父さんは、君の父親の車に跳ねられて、下半身不随になった。母さんはそのストレスで鬱になって、家を出てった。……残された俺は、親戚にたらい回し。あとはわかるな?」
美咲の肩が、小刻みに震えていた。
「……じゃあ、あなたが転校してきたのは……」
「復讐のためだよ。お前たち、二人ともに」
「そんな……!」
陽翔が拳を握る。
「全部……俺たちを壊すために?」
「そうだよ。俺が壊されたように、お前たちも壊れるべきだと思った。
お前らだけ“幸せなまま”でいるのが、どうしても許せなかった。」
「でも……それなら、どうして……」
美咲が声を震わせる。
「……私の悩みを聞いたり、優しくしてくれたり……」
涼は微笑む。だが、その目には涙がにじんでいた。
「そうしないと、“効かない”だろ?ただの憎しみじゃ、お前たちは壊れない。……信じて、寄りかかって、それを裏切られて――そうやって壊れていくのが一番、痛いんだよ」
その場に沈黙が落ちる。
陽翔も、美咲も、言葉を失っていた。
涼が最後に言った。
「……復讐は、思ってたより……虚しかったよ」
そして彼は、ふたりを残して静かに教室を出て行った。
まるで、すべての感情を使い切った人間のように――。