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まさかロシア兵がシェルターの出入り口付近をふさいでいるなんて・・・
みんな思っていることだ。「りり…お腹すいた」わたしに話しかけ、すりよる黒い犬はクラウディア。まだ生後2〜3ヶ月の元野犬の子犬だ。「わたしだって同じだよ」わたしはすかさず答えた。もうソフィアやマテリーナ、職員たちが来なくなってもう4日はたった。「ウィーナ、武装したロシア兵はまだいるの?」ウィーナはクラウディアより早く友達になった茶色い犬だ。「うん。まだいるよ。」「そっか…ねえ、ところでウィーナ。どうして飼い主と別れたの?」「わたしの飼い主はね、アレナっていう13歳の女の子なんだ。アレナには弟のアレクシィっていう9歳の子もいるんだ。わたしのね、自慢の飼い主だったんだ。でもね…」
同じく隣国に避難する途中、ミサイルが来て、離れ離れになっちゃったらしい。ミサイルってほんとに許せない。「いつか会いたい。きっと会えると思うけど…でも、もし会えなかったら‥」そこまで言ってウィーナはふっ、とそっぽを向いてしまった。なんだか泣きそうな顔だった。「そっか…」わたしもそれだけ言うのがやっとだった。下手な慰めはよくないって分かってた。その気持ち、分かるなんて言ったらよけい泣かせてしまうかもしれないし、確かに同じような経験をしたとはいえ、下手に、その気持ちわかるなんて言えない。「はあ…」早くロシア兵が去ってほしい。早く戦争が終わってほしい。それを強く願いながら深い重いため息をついた。
🐾最悪の事態
「クラウディア、この三週間でずいぶん痩せたね」クラウディアは背骨が軽く浮き出ているくらい痩せている。「りりもだよ」クラウディアは言った。そりゃそうだ。だってもうソフィアやマテリーナ、職員たちが来なくなってもう三週間たっている。武装したロシア兵が出入口付近をふさいでるからだ。もう何匹かの仲間が倒れている。だいたいは年寄犬とまだ先の未来があったはずの子犬だ。ソフィアの話だとこのシェルターは五百匹の犬たちがいる。このままこないと最悪、全滅するかもしれないのだ。
三週間と三日目になった。わたしたちは壊れた窓からつたってくる雨水や、時々入ってくる木の葉にわずかに溜まっている水をすすってなんとか生き延びた。もう100匹ほどの仲間が死んだ。窓や木の葉の争いは絶えない。ウィーナは体は大きいものの体感は弱いので負けっぱなし。だんだん弱ってきた。だからわたしたちは水を口に含ませてウィーナにあげることを繰り返していた。それになんだかウィーナは嫌な咳が出てきた。職員たちがいないから悪臭がただよいっぱなし。ハエも湧いている。「お腹すいた…」この言葉、一体何回目なんだろう。「お腹すいたあ」クラウディアもだ。
ウィーナはそれどころじゃない。三週間目からウィーナは立ち上がることができなくなったんだ。あばらと背骨が浮き出て足は鉛筆のよう。「ウィーナ、大丈夫?」「うん‥ありがとう。やっぱりりは優しいね。」ふっとウィーナは微笑んだ。その微笑みを見た途端、嫌な予感がした。「ウィーナ?!ダメだよ!逝っちゃ!アレナに会うんでしょ?弟のアレクシィもアレナもパパ・ママも絶対ウィーナの帰りを待ってるよ!だから生きて!ウィーナ!」「…りり」わたしはハッとしてウィーナを見た。「なあに?ウィーナ?」「ありがとう。」「わたし、なにかした?」「友達になってくれたじゃん。それに水も運んでくれた。感謝しきれないよ、りり」「ウィーナ…」「ねえ、あなた、ウィーナっていうんでしょ?ねえ、ウィーナ、アレナと、アレクシィ、パパ、ママとりりのためにもね、生きて。お願い」それまで黙っていたクラウディアがゆっくり落ち着いてウィーナに語るように話しだした。わたしはウィーナの体をそっと舐めた。「ウィーナ、水、持ってきたよ。飲んで」クラウディアが水を運んできた。ウィーナは飲んだがどことなく苦しそうだった。
そして三週間と四日目。「りり、クラウディア。ありがとう。りり、絶対里緒奈に会ってね。」わたしとクラウディアに微笑んだ後、ウィーナは静かにゆっくりと目を閉じた。
その目が開くことは二度となかった。
その晩、わたしたちはウィーナのために泣いた。周りの犬も静かに悲しみ、泣いた。
わたしたちは戦争が終わることをただただ祈り続けた。
🐾そして一ヶ月
「もう一ヶ月‥」ソフィアらが来なくなって一ヶ月が経った。お腹が空いてくらくらする。気持ちも悪い。クラウディアは体力を消耗するからと喋らず、口数が少なくなっている。里緒奈が恋しくてたまらない。と、声がした。「みんな!みんな!」ソフィアの声だ。みんな、はっとした。「わおーーーーーーんわおん!」わたしは残ってる力で全力で叫んだ。気づいてほしかった。「ママ、声がするよ」この声はマテリーナだ!お願い。気づいて!必死に祈って叫び続けた。
バン!扉が大きく開く音が聞こえた。出入り口の方を見ると目に涙を溜めたマテリーナが先頭を切って駆け込んできたところだ。「みんな!」そう言ってあたりを見回すと、マテリーナは立ち尽くして少しすすり泣きだした。「マテリーナ!待ちなさいよ!」後ろからソフィアが追いかけてくる。ソフィアと職員の他に見知らぬ人もいた。ソフィアの声に我に返ったのかマテリーナはそばにいた痩せ細った茶色い犬を抱き上げた。「ごめんね、ごめんね。ほんとうにごめんなさい。もう大丈夫だからね、アース…」そう言いながら早足で入口付近にいる見知らぬ人たちに走り寄った。「この子はアースといいます。」「分かった。まかせて」優しい声でマテリーナに呼びかけた。「アース、水とご飯だよ」女の人が水が入った器とふやかしたご飯が入った器を差し出した。アースと呼ばれた犬はちゃぷちゃぷ水を飲み、パクパクご飯を食べた。その女の人はトレイにたくさん入ったご飯と水をシェルターの中においた。久々のご飯と水だ!クラウディアは一目散に駆け寄り、わたしも駆け寄った。ちゃぷちゃぷ、パクパクと食べた。一段落つくとわたしは水をたっぷり口にふくませ、ウィーナの口元まで運んだ。ウィーナの口元に水を流し込んだ。でもその水は戻ってきた。干からびた床にじんわり染みた。涙が浮かんできた。「そんな…」わたしは今度はふやかしたご飯を口にふくませ、同じようにウィーナの口元に入れたでもほとんどが入らず、入っても戻ってきた。「…ウィーナ…」さみしくて仕方なかった。と、マテリーナがわたしを抱きかかえた。「待って!ウィーナと一緒がいい!待って!」慌てて身をよじり、暴れた。「りり、どうしたの?大丈夫よ。」マテリーナが言うが伝わっていない。「わんわぅーん」わたしはウィーナに向かって軽く鳴いた。「…まさか…ウィーナ!」そう叫んだ。「分かったよ。りり。大丈夫だから。」早口で言うとすぐさまあの見知らぬ人の方に走った。「この子もです。この子はりり、といいます。首輪にも書いてあります。あ、あの、もう亡くなったと思われる茶色い犬、ウィーナと仲良しです。」そう言って去ってった。隣の人はクラウディアを抱きかかえている。「クラウディア!」「りり!大丈夫?」「うん。」「ねえ、ウィーナは?」クラウディアは心配そうに呼びかけた。「うん」そう言うことしかできなかった。「あ、マテリーナ…」マテリーナが茶色いものを抱きかかえて走ってきた。「ウィーナ…」抱きかかえられていたのはもう亡くなったウィーナだった。泣きそうでしかたがない。「このこがウィーナかい?」「はい。では、お願いします。」見知らぬ男の人は別の男の人にクラウディアとわたし、そしてウィーナを大きな同じケージに入れた。優しい手つきだった。わたしは安心し、ウィーナに体をくっつけて寝た。