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夜。深夜。草木も眠る丑三つ時。
こんなド田舎だと夜遅くまでやっているお店なんて殆どなくて、数年前に唯一できたコンビニくらいしか、こんな時間まで煌々と明かりをともしている場所はない。
カラオケに行こう、なんて思っても近場にそんなものはなく、学校の帰りにすら軽い気持ちで行けるようなものじゃなかった。
この時間にもなれば国道を通る車もまばら、どの民家も明かりはほぼほぼ消えており、等間隔に、けれどその間隔が異様に長い街路灯だけが、寂しく道を照らしていた。
そんな暗い中、わたしが家をこっそり抜け出すと、
「よう」
「こんばんは、タクミさん」
家を出てすぐのところで、堂河内くんと真帆さんがわたしを待っていた。
「やっぱり女の子を一人で歩かせるわけにもいかないので、お迎えに来ました」
真帆さんの左手には古そうなホウキ(まるで魔女が空を飛ぶときに使いそうなやつだ)が掴まれており、いったい、このホウキで何をするつもりなのだろうか、と思いながら堂河内くんに顔を向けると、
「――どうしたの、大丈夫? 顔色が悪いけど」
堂河内くんの表情が暗がりの中でも判るくらい気持ち悪そうなのに気が付いて、わたしは思わず訊ねた。
すると堂河内くんは苦笑しながら、
「大丈夫、ちょっと酔っただけだから、すぐに治るよ」
「酔った? なんで?」
「なんていうか、車酔い、みたいな?」
「あぁ、なるほど」
確かに、堂河内くんの家からうちまでは結構な距離がある。きっと真帆さんの運転する車か何かでここまで来て、それで酔ってしまったのだろう。
……
…………
………………
車で酔うほどの距離はないはずなんだけど?
なんて思っていると、真帆さんが「ぷぷっ」と小さく吹き出すように笑ってから、
「翔くんが酔い易すぎるんですよ!」
「真帆ねぇの運転が荒いんでしょ!」
珍しく、堂河内くんの叫ぶ姿を目にしたのだった。
そんな堂河内くんに真帆さんはあははっと笑ってから、
「じゃぁ、行きましょうか。もう皆さん待ってますよ」
「皆さん?」
首を傾げると、真帆さんは口元ににやりと笑みを浮かべてから、
「内緒ですっ」
口元に人差し指を立てて、小さくウィンクして見せた。
「内緒って」
「大丈夫です、安心してください。皆さん良い人たちですから!」
……良い人たち。
そんなこと言われたって、安心なんてできるわけがない。
いったい、どんな人たちがわたしたちを待っているというのだろうか。
わたしは不安になり、思わず堂河内くんに顔を向ける。
堂河内くんは少し困ったような表情で、けれどわたしを安心させようと微笑みを浮かべてから、
「……最初見たときはびっくりしちゃうかもしれないけど、確かに悪い人たちじゃないから」
「ほんとに?」
うん、と堂河内くんは頷いて、そして「ただ」とやや口を濁してから、
「――ううん、なんでもない」
「なによ、それ。逆に不安になっちゃうじゃん」
「いや、うん、ごめん」
「昼間も言ってたよね? びっくりして気を失っちゃうかもしれないねって。そんなにヤバい人たちなわけ?」
堂河内くんは困ったように頭を掻きながら、
「ヤバいと言えばヤバいかもしれない。たぶん、誰にも言えないくらいに」
「だから、それって」
さらに問い詰めようとしたところで、
「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ!」
突然真帆さんが横から口をはさんできて、
「と・に・か・く! 先を急ぎましょう! こんなところで話をするより、実際に目で見た方が早いです!」
そう言うが早いか、真帆さんはホウキを横に傾けると、その柄にふんわり腰かけて。
「じゃぁ、私、先行ってますから!」
いったい何がどうなっているのか。
「うん、早めに行くよ」
真帆さんの乗ったホウキは、ふわりふわりと高く宙に浮かび上がると。
「え、あっ……」
声にならない声を漏らすわたしを尻目に、真帆さんは軽く手を振りながら夜空の中、件の工事現場の方へと、飛び去って行ったのだった。