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第15話「エルフの母に交際がばれました」
「恋人なのね」
森野リリカの母親は、そう言った。
玄関先。
沈黙。
相沢直人は何も言えない。
森野も何も言えない。
ただ。
森野の長い耳だけが。
ぴく。
ぴくぴく。
猛烈に動いている。
「違います!」
森野が言った。
ぴく。
母親は耳を見る。
「リリカ」
「はい」
「あなた、昔から嘘をつくのが下手ね」
「これは嘘では」
ぴく。
「耳」
「……」
森野は両手で耳を押さえた。
遅い。
母親は相沢を見る。
「お名前は?」
「あ、相沢直人です」
「年齢は?」
「三十一です」
「仕事は?」
「森野さんと同じ会社です」
「部署は?」
「営業企画部です」
「独身?」
「はい」
「結婚歴は?」
「ありません」
「ご両親は?」
「母が――」
「お母さん!」
森野が止めた。
「何ですか、その質問」
「確認しているだけです」
「何を?」
母親が森野を見る。
「あなたが連れてきた男性を」
「連れてきたわけじゃありません!」
ぴく。
相沢が小声で言う。
「一緒に来てって言ったよね」
森野が睨む。
「相沢さん」
「はい」
「今は黙っていてください」
「はい」
母親が少し笑った。
「入りなさい」
家へ入る。
和室。
そして。
そこに。
神崎レオンが正座していた。
「遅かったですね」
森野が睨む。
「レオン」
「はい」
「どうしてここにいるの?」
「説明すると長い」
「短く」
「知り合いのエルフに会いに来たら、その人がこちらの親戚で」
「それで?」
「リリカが京都に来ていると話してしまいました」
「話したんでしょう!」
「流れで」
「あなたのせいじゃない!」
「半分くらいは」
「全部です!」
母親が言う。
「リリカ」
「はい」
一瞬で静かになる。
相沢は思った。
強い。
この人。
森野が完全に子供になっている。
母親が座る。
「相沢さんもどうぞ」
「失礼します」
相沢が座る。
森野が隣。
神崎が向かい。
母親が正面。
四人。
妙な構図だった。
母親が言う。
「自己紹介がまだでしたね」
「はい」
「森野エレナです」
相沢は一瞬止まった。
エレナ。
確かにエルフっぽい。
「リリカの母です」
「よろしくお願いします」
「年齢は二百九十一です」
「……」
相沢は反応に困る。
森野が小声で言う。
「普通にしてください」
「普通って?」
「百四十三歳のときと同じです」
「それが分からない」
母親――エレナが少し笑った。
「人間には驚かれます」
「すみません」
「謝る必要はありません」
意外と普通だ。
怖い人かと思ったが。
落ち着いている。
そのとき。
別の女性が茶を運んできた。
長い耳。
「どうぞ」
相沢が頭を下げる。
「ありがとうございます」
女性は相沢をじっと見る。
そして森野を見る。
「リリカちゃんの彼氏?」
「違います!」
ぴく。
女性が笑う。
「そうなんだ」
完全にばれている。
女性が去る。
相沢が小声で聞く。
「誰?」
「叔母です」
「何歳?」
「二百十くらい」
「若く見えるね」
「エルフですから」
母親が茶を飲む。
「それで」
来た。
「いつからですか?」
森野が言う。
「何が?」
「交際」
「してません」
ぴく。
母親が耳を見る。
「リリカ」
「……一週間くらいです」
早い。
降伏が早い。
「どちらから?」
森野は相沢を見る。
相沢が答える。
「俺です」
母親の目が相沢に向く。
「あなたから?」
「はい」
「リリカがエルフだと知った上で?」
「はい」
「年齢も?」
「知っています」
「寿命の違いも?」
相沢は少し黙る。
「聞いています」
「それでも?」
「はい」
母親は何も言わない。
怖い。
静かなほうが怖い。
森野が言う。
「お母さん」
「何?」
「これは私が決めたことです」
「分かっています」
「反対しても」
「まだ反対とは言っていません」
森野が止まる。
相沢も止まる。
神崎も少し驚いた。
「え?」
森野が言う。
母親は茶を置いた。
「ただ」
やっぱり来た。
「賛成もしていません」
「同じじゃないですか」
「違います」
母親は相沢を見る。
「相沢さん」
「はい」
「あなたはリリカと、どのくらい付き合うつもりですか?」
「お母さん!」
森野が声を上げる。
相沢は考える。
難しい。
一週間しか付き合っていない。
結婚なんて。
まだ。
しかし。
「分かりません」
相沢は答えた。
森野が見る。
母親も見る。
「分からない?」
「はい」
「無責任ですね」
「そうかもしれません」
森野が不安そうな顔をする。
相沢は続ける。
「でも」
「はい」
「今の時点で、百年付き合いますとか、一生一緒ですとか言うほうが」
少し考える。
「嘘になると思います」
母親の表情が少し変わった。
「俺は人間です」
「ええ」
「森野さんよりたぶん先に死にます」
森野の耳が少し下がる。
「それは変えられない」
「そうですね」
「だから、そこを約束することはできません」
母親は黙って聞いている。
「でも」
相沢は森野を見る。
「明日も一緒にいたいとは思っています」
森野がこちらを見る。
「来週も」
耳が。
ぴく。
「来月も」
ぴく。
「来年も」
ぴくぴく。
「その先も、できるだけ」
森野の顔が赤くなる。
母親が言った。
「リリカ」
「はい」
「耳がうるさい」
「私の意思じゃありません!」
神崎が吹き出した。
「レオン!」
「すみません」
母親も。
ほんの少し笑った。
空気が和らぐ。
しかし。
次の瞬間。
母親が神崎を見る。
「私は」
「はい」
「レオンと結婚すると思っていました」
相沢の表情が固まる。
森野も固まる。
神崎は静かだった。
「昔の話です」
「私は今でも、悪い話ではないと思っています」
森野が言う。
「私は思ってません」
「分かっています」
「だったら」
「だから強制はしていません」
森野は黙る。
母親が相沢を見る。
「あなたは」
「はい」
「レオンが元婚約者だと知っていますか?」
「知っています」
「気になりません?」
相沢は神崎を見る。
神崎も相沢を見る。
「気になります」
正直に答えた。
神崎が笑う。
「正直ですね」
「隣の席に元婚約者がいたら普通気になるでしょう」
「私は二つ隣です」
「距離の問題じゃない」
森野が小声で言う。
「また始まった」
母親が神崎に聞く。
「レオン」
「はい」
「あなたはまだリリカが好き?」
森野が固まる。
「お母さん!」
神崎は少し考えた。
「好きですよ」
相沢の胸が。
少しだけ。
ざわつく。
森野が神崎を見る。
神崎は続けた。
「でも」
「はい」
「リリカが私を選ばないことも知っています」
母親は黙る。
「私は昔」
神崎が言う。
「リリカが里を出たとき、理解できませんでした」
森野が神崎を見る。
「どうして人間の社会へ行くのか」
「……」
「どうして会社員なんてやりたいのか」
「……」
「どうして家族が決めた結婚を嫌がるのか」
神崎は少し笑った。
「でも今は分かります」
母親が聞く。
「何が?」
「リリカは」
神崎が森野を見る。
「自分で選びたいんです」
静かになる。
「仕事も」
「……」
「住む場所も」
「……」
「好きになる相手も」
森野の耳が。
少し動いた。
母親は長く黙っていた。
やがて。
「そう」
とだけ言った。
午後九時。
話は二時間近く続いた。
昔の話。
森野が里を出た話。
会社員になった話。
大学へ五回行った話。
「五回も?」
母親が言った。
相沢が聞く。
「知らなかったんですか?」
「四回だと思っていました」
森野が目をそらす。
「一回言ってません」
「どうして?」
「また大学?って言われるから」
母親がため息をつく。
「また大学?」
「ほら」
相沢は笑った。
午後九時十五分。
帰ることになった。
玄関。
神崎は別方向。
相沢と森野は駅へ。
そのとき。
母親が相沢を呼んだ。
「相沢さん」
「はい」
「少し」
森野が振り返る。
「お母さん?」
「先に外で待っていて」
「何を話すの?」
「少しだけ」
「私も」
「リリカ」
「……はい」
森野は外へ出る。
玄関に。
相沢と母親。
二人。
母親が言った。
「相沢さん」
「はい」
「一つだけ」
「はい」
「リリカを幸せにしてください、とは言いません」
相沢は意外だった。
「それは本人が決めることです」
「はい」
「でも」
母親の目が。
少しだけ厳しくなる。
「途中で怖くなって逃げるなら」
「……」
「できるだけ早く逃げてください」
相沢は黙る。
「十年後や二十年後ではなく」
「はい」
「今なら傷は浅い」
母親の言葉は静かだった。
「人間にとって十年は長いでしょう」
「はい」
「私たちにとっても」
少し間。
「大切な十年です」
相沢は頭を下げた。
「分かりました」
外へ出る。
森野が待っている。
「何を言われました?」
「秘密」
「私の母ですよ」
「男同士ならぬ、人間とエルフの母同士の話」
「意味が分かりません」
二人で駅へ向かう。
少し歩いて。
森野が言う。
「すみませんでした」
「何が?」
「母」
「別に」
「嫌じゃなかったですか?」
「緊張した」
「でしょうね」
「二百九十一歳のお母さんに交際確認される経験、普通ないから」
森野が笑った。
駅が近づく。
人が少ない道。
森野が周囲を見る。
そして。
相沢の手を握った。
「京都では駄目じゃなかった?」
「もうばれましたから」
「確かに」
二人で歩く。
「相沢さん」
「何?」
「母に何を言われたか」
「うん」
「本当に教えてくれないんですか?」
「秘密」
「じゃあ」
森野が言う。
「耳を触ります」
相沢が止まる。
「俺の?」
「はい」
「人間の耳触っても何もないよ」
「知ってます」
「じゃあ意味ないじゃん」
「腹が立つので引っ張ります」
「やめて」
森野が笑う。
ホテルへ戻ったのは。
午後十時過ぎ。
ロビー。
神崎が先に戻っていた。
「お疲れさま」
「誰のせいですか」
森野が言う。
「すみません」
「本当に」
三人でエレベーターに乗る。
八階。
神崎は八〇五。
森野は八〇七。
相沢は八〇三。
「おやすみ」
神崎が先に部屋へ入る。
残った二人。
「じゃあ」
相沢が言う。
「おやすみ」
「はい」
森野は八〇七号室の前へ。
カードキーを出す。
相沢も八〇三号室へ向かう。
「相沢さん」
振り返る。
森野が立っている。
「何?」
「今日」
「うん」
「ありがとうございました」
「何が?」
「一緒に来てくれて」
「怖かったんだろ」
「少しだけです」
ぴく。
「かなり?」
ぴく。
「ものすごく?」
「もういいです!」
相沢は笑う。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
相沢が部屋へ入ろうとする。
「あ」
また。
「何?」
森野が周囲を見る。
誰もいない。
そして。
相沢のところまで歩いてくる。
背伸び。
ほんの一瞬。
唇が触れる。
「……」
森野はすぐ離れる。
「今日のお礼です」
「京都まで来てよかった」
ぴく。
「おやすみなさい!」
森野が自分の部屋へ逃げる。
八〇七号室。
扉が閉まる。
相沢は一人。
廊下に残る。
そのとき。
八〇五号室の扉が。
少しだけ開いた。
神崎が顔を出した。
「見ました」
「何で見てるの?」
「音がしたので」
「エルフの耳、便利すぎない?」
神崎が笑う。
「おやすみなさい」
「絶対誰にも言わないで」
「誰に?」
「会社」
「分かりました」
扉が閉まる。
相沢は八〇三号室へ入った。
その三分後。
スマートフォンが鳴る。
森野から。
『レオンに見られました?』
相沢。
『見られた』
すぐ返信。
『最悪です』
『耳がいいらしい』
『知ってます』
少しして。
もう一通。
『でも』
『?』
『今日は来てくれて、本当にありがとうございました』
相沢は返信する。
『また行こう』
しばらく返事がない。
そして。
『母のところですか?』
『京都』
『それなら』
少し間。
『また行きたいです』
相沢はスマートフォンを置いた。
出張初日。
仕事。
母親。
元婚約者。
キス。
かなり濃い一日だった。
しかし。
本当の問題は。
翌朝に待っていた。
午前七時十二分。
ホテル。
火災報知器が鳴った。
「火事です。火事です」
相沢が飛び起きる。
廊下へ出る。
宿泊客が次々と避難する。
八〇五号室から神崎。
そして。
八〇七号室から。
森野が飛び出してきた。
「相沢さん!」
「森野さん、大丈夫――」
相沢は止まった。
神崎も止まった。
森野は寝起きだった。
髪を巻いていない。
帽子もない。
何も隠していない。
長いエルフの耳が。
完全に。
廊下へ出ていた。
しかも。
周囲には。
人間の宿泊客が十人以上いた。
コメント
1件
ああ、お母さん登場…! エルフの耳が正直すぎて全部バレていくの、笑ったけどちょっと切なくもあったよ。相沢が「明日も一緒にいたい」って、寿命の違いを認めた上であの言い方をするのがすごく誠実で、胸にきた。神崎が見てたのも含めて、最後の火災報知器…まさかの展開で続きが気になりすぎる!