「だから別に怒ってないってば!」
プールから上がったあとは、敷地内にある温泉に別れて入り、夕食のBBQ会場で嶽丸と顔を合わせた。
プールに乱入してきた女の人のことで私に嫌な思いをさせたから…と、伊勢海老にアワビ、タラバ蟹といった高級食材を貢いで許しを請う嶽丸。
「さっきめちゃくちゃ怒った顔してたじゃん?」
なぜか嬉しそうに焼きタラバ蟹を差し出す嶽丸を見て、意外にもその通りだったと内心認める。
急に現れた派手めな美女。
嶽丸に遠慮なく擦り寄る赤い爪。
…確実に、嶽丸と過去に関係があった人だとわかった。
そう思った途端、心の中を冷たい何かが埋め尽くして、その場にいたくない…と思ってしまった。
縛り合う関係じゃないのに、嶽丸に触れる白い手がどうしようもなく嫌だなんて、そんなこと言えるはずない。
でも嶽丸が戻ってきて、困ったような甘い顔で謝ってくれるから、その優しさと自分の感情の乱れに逆らえなくて…つい素直な反応をしてしまった。
…可愛いと言って見つめる目が、触れた唇が、どうしようもなく熱くて、意識が飛んだみたいになった嶽丸が嬉しかったなんて…あぁ…どうしたことだろう。
「海が見える場所があるんだと。…ちょっと、行ってみっか?」
終始ゴキゲンな嶽丸と美味しくBBQを堪能したあと、誘われて敷地内を散歩することになった。
地方とはいえ夏休み前のこの季節はちゃんと暑い。
…来週にでもなれば、全国からここに遊びに来る観光客で賑わうだろうな、なんて思いながら…暑いけど乾いた夜風を浴びていた。
ところで、なんで手を繋ぐんだろ…
嶽丸の手は私よりずいぶん大きくて、すごく指が長い…なんて、今更気づく私ってなに…?
「海…見えるかな…」
「うーん…」
繋ぐ手は、当たり前みたいに恋人繋ぎ。
時折握る手に力がこもって、そのたびに少し先を歩く嶽丸を見上げた。
内心…夜海を見に行っても、真っ暗で何も見えないんじゃないかと思う。
「あ…」
わずかに足元を照らす暗がりの中、急に立ち止まる嶽丸の後ろを歩いていた私は、その背中にぶつかるように止まった。
「あぶなっ!ちょっと急に止まらないで…」
文句を言いかけて、口をつぐんだ。
「…なんも見えねーな」
そこにあるだろう海を見つめる嶽丸の横顔が、月明かりに照らされて…とても綺麗だったから。
視線を感じたのか、急にこちらを向いた嶽丸。
その顔は、暗闇でもハッキリわかるほど真剣で、何か大事なことを言おうとしているのが伝わった。
「…みゃーちゃん」
この旅行で、美亜、からみゃー…って、呼び方に変わってる。
ちゃん付けするから、妙に甘くてくすぐったい。
「なに…?」
「本気で、好きです。すごく…」
その言葉は淀みなくて…澄んでいた。
…素直に、正直に言ってくれたのがわかって、途端に心臓がひどく早く鼓動するのを感じる。
「あと半年とか、言わないでくれ…」
暗くてもわかる。すべらかな頬に、涙が伝ってること…
「泣かないで…よ」
言いながら、自分の目に涙が溜まるのがわかる。
「ずっと一緒にいたい。みゃーの笑顔も泣き顔も、俺が1番近くで、1番先に見たい…」
伸ばした嶽丸の指先が、私の頬に伸びる。
「結婚したい…みゃーを俺だけのものに…」
結婚、というワードが出てハッとした。
「わ、私は…結婚とか、できない。幸せには、なれない」
頬に届いた嶽丸の指は冷たかった。
夏の外気は地方でもそれなりに暑いのに冷たい指先は、まるで緊張している証拠みたい…
私に「好き」って伝えることに、緊張したっていうの?
百戦錬磨の嶽丸が…?
遊び人の女好きの、嶽丸が…涙を見せるほど、真剣に伝えてくれた思い。
「みゃー…?」
「私とは、長く一緒にいちゃダメだよ…」
私は1人で生きていかなきゃいけない運命なんだから。
それで良かったのに、なんで嶽丸は…こんなに深く私の心に入ってきてしまったんだろう…
私はその場にしゃがみ込んで両手で顔を覆った。
いつの間にか、私の手もひどく冷たい。
「どした…?」
座った嶽丸が私を腕の中に閉じ込めてくれる。
その香りはいつものホワイトムスク。そして、嶽丸だけの香りをまとって、何より私を安心させるのに…どうして私はここにいてはいけないと思うんだろう。
落ち着くまで、ずっとずっと、私を抱きしめてくれた嶽丸。
宿泊するテントに戻ってからも、ベッドにそっと私を横たえて、宝物を見るような瞳で見下ろしてくれる。
「大丈夫。どんなみゃーでも好きだから」
そう言ってただ抱きしめて、落ち着くように背中をさすり、時折頬に…おでこに優しいキスを繰り返した。
…さすがに、私にだってわかる。
私たちはセフレになんて、なれないってこと。
「私なんてめんどくさいヤツ、やめなよ。嶽丸なら、もっと若くて可愛くて、優しい女の子と幸せに…」
「それ以上言ったら鼻の穴に指ぶっ込む…!」
「…っ?!」
腕の中にいる私と視線を合わせて、嶽丸は決心したみたいに言った。
「12月のみゃーの誕生日には出ていけって言ったよな?悪いけど…みゃーの方から離れたくないって言わせるから」
諦めない…と言いながら落とされた唇へのキスは、深いのに優しくて…私も素直に身を委ねてしまったんだ。