「…わっっ!!」
突然肩に勢いよく当てられた手は、どうも私を驚かそうとしたらしい。
ぼんやり考え事をしていたせいか、思いのほか驚いて、その手の主を喜ばせてしまった。
…嶽丸との旅行から帰って、朱里からの誘いで飲みに来た。
彼女とは、嶽丸と同居することになった報告をして以来、久しぶりに会う。
「ビックリした?…ごめん!なんか考え事してるみたいだったから脅かしてやった!」
謝りながらも嬉しそうに、高校時代の親友、前園朱里が隣に座る。
「ヘアショー、やっと終わったんだね!」
「うんまぁ…何とか無事に」
「どうだったの?結局嶽丸がモデルになったって、メッセージしてくれたけど!」
「あ…うん。カッコ良かったよ!…写真見る?」
携帯で写真を探しながら…なんとなく朱里の顔が見れない…
そんな私の様子を、親友朱里が気づかないわけない。
「…もしかして嶽丸くんとなんかあった?」
「…っ!」
いきなり言い当てられて、危うく飲んでるお酒を吹き出しそうになった…!
「な、なんで?なんで何も言ってないのにわかるのよ…?!」
「顔に書いてある。嶽丸LOVEって」
そんなことを言われると、ホテルでオムライスに描かれた『ミアLOVE』を思い出してしまう…
「だいたい…なんでわかるの?って聞き返す時点で正解でしょ!」
クスクス笑われて、私は下を向いて赤くなるしかない…
「…で、どうなの?付き合うことになったの?…っていうか、あいつちゃんと女の整理した?」
「うーん…まぁまぁかな」
「なにそれっ!…美亜を遊びの対象にするとか私が許さないんだけど!」
「違う…の」
私の揺れる視線に気づいたらしい朱里。早くもおかわりの生ビールを頼み、いくつかのおつまみも注文した。
そして私の顔を覗き込んで、冷やかすような笑みを浮かべて言う。
「…しばらく店員さん来ないから、思いっきりノロケていいよ?」
「ち…違うって、言ったじゃん」
赤くなりながらも、下を向く私を見て、朱里は少し心配そうな表情に変わった。
「嶽丸との同居は…12月の私の誕生日までって…言った」
「なんで…?もしかして、まだ自分は幸せになっちゃいけないとか、思ってるの?」
高校の3年間、私は親元を離れ、従兄弟の健の家で過ごした。
高校時代の親友である朱里は、そんなことから、私の両親に会ったことはないが…だからこそ話せたことがあった。
「お母さんとは、あれから1度も会ってないの?」
「うん…会ってない」
私の苦しみを打ち明ける友人は、後にも先にもきっと朱里だけだと思う。
高校時代…朱里の家に泊まりに行った夜のこと。
初めて彼氏ができて幸せそうな朱里の恋バナを、私はすごく嬉しく思いながら聞いたのを覚えている。
その時、朱里に聞かれたんだ。
「美亜には好きな人いないの?」って。
…実は憧れてる先輩がいた。
それを打ち明けると、朱里はうまくいくといいね…って言ってくれて、更にこう付け加えた。
「…どうする?うまく行ったら、将来結婚するかもよ?」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた気がした。
「そんなの、無理だよ。私は一生結婚しないから」
朱里に無邪気な顔でその理由を尋ねられると、なぜか素直に話すことができたんだ。
話したのは、あとにも先にも朱里にだけ。多分大人になった今は、もう誰にも話せないと思う。
それは、暗い話を聞かせて、心配そうな顔をする人を見たくないし…何より、私の罪を知られたくない。
それは…嶽丸に対しても同じように思う。
「軽い気持ちで言うわけじゃないけど、美亜はもう…解放されてもいいんじゃないの?」
注文したおつまみが運ばれてきて、話は一時中断した。
私はその間に生ビールを飲み干し、カンパリソーダを頼んだ。
「嶽丸が…意外にもすごくいい奴なんだよね…」
朱里の問いかけに答えなくて済むように、私はわざと話題を変えた。
こんな風に、私は何度…朱里の心配をそらしてきたんだろう。
本当、もう愛想を尽かされても仕方ないのに…この優しい親友は、そんな私をも受け入れようとしてくれる。
でも…家族のこと、過去のことは、私1人で抱えていくって決めていたから。
朱里ごめんね…
「…いい奴ってどんな風に?…てか嶽丸に女の整理をしたら、私に連絡するように言ってくれる?」
「…えぇ?!怖いよ!」
「当然だよ!なんだかんだ美亜は甘いんだから!」
やがて話は自然にそれていき、私は心のどこかで安堵していた。
…………
「ありがとうね」
聞き慣れた低い声が聞こえる…
それは嶽丸の声だと、酔った頭でもわかった。
でも…どうして嶽丸の声が聞こえるのか不思議。
確か朱里とカラオケしていたはずなのに…
ちょっと目を開こうとしたら、思いのほか、なかなか開かなくて驚いた。
「みゃーちゃん。おんぶして部屋に行くからな?はい、おぶさって」
タクシーの後部座席に座ってたってわかったのは、隣に座る朱里に押し出されるようにして、広い背中に身を預けたから。
私をおぶって、軽々と立ち上がる人。その背中で、いつもと全然違う目線の高さに素直に驚いた。
「わぁ~…!目線が高ぁい…!」
天井に手が届くよ?…と手を伸ばせば、「危ない…!」と朱里に背中を押さえられた。
「酔っ払いみゃーちゃん。帰ったら抱っこで寝るぞ?」
あ…この声嶽丸だ。
ということはこの背中も嶽丸…
「広くてあったかい…嶽丸好き…」
思わず首元をギュッと抱きしめれば…「苦し…っ!」と言われて笑ってしまった。
嶽丸の声ってわかったら、途端に眠くなって…ベッドに下ろされたところで、後の記憶はない。
…………
…夢を見た。
私は家で1人、留守番をしていて、急に泣き声が聞こえて不安になった。
誰の泣き声なのかはわからない。
痛いよ…痛いよ…って声がして、助けに行かなくちゃって…私は走り出した。
靴が…見つからなかった…
いつもの…白い運動靴が。
「……っっ!」
無意識にガバッと起き上がると、そこは嶽丸のベッドで、ちゃんと嶽丸がとなりにいる。
「美亜…?どした?」
同じように体を起こした嶽丸。
「汗、すごいな…」
タオルを取ってくるって…嶽丸が私から離れてしまうのを、私はすごくすごく寂しい気持ちで見ていた。
行かないでって言えなかった…
でも、置いていかないで欲しかった。
確か…あの時も、同じような気持ちだったのを、思い出していた。
コメント
2件
もしかして虐待されていたの?
痛いよの声は一体誰なんだろう。 繰り返し読んでるせいか、美亜ちゃんの闇が、更に更に気になるんですぅ〜。