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#溺愛
桜咲かな
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桜咲かな
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#百合
第三十二話 消えた続き
「……約束?」
その言葉を口にした瞬間、彼の中で何かが揺れた。
けれど、思い出せない。
紙を裏返しても、そこにあるのは古びた一文字だけ。
続きを探すように、何度も紙を眺める。
『約束』。
そう考えた途端、また一瞬だけ記憶が浮かんだ。
夕方の道。
ベンチ。
隣に誰かが座っている。
その人の手には、小さな紙。
そして――
「忘れないでね」
そんな声。
彼は思わず顔を上げた。
今のは、かなりはっきりしていた。
でも、誰の声だったのかは分からない。
その夜。
サイトを開くと、彼女がいた。
『今日、何かあった?』
『分かる?』
『なんとなく』
『昨日の紙』
『うん』
『少し思い出した』
彼女はすぐに、
『何を?』
と返した。
『誰かと約束した』
『どんな約束?』
『それが分からない』
『そっか』
彼は少し迷った。
そして、さっき聞こえた言葉を伝える。
『「忘れないで」って言われた気がする』
しばらく返事が来なかった。
『……忘れないで、か』
『うん』
『なんか、切ないね』
『そうかな』
『だって、忘れたくなかったってことでしょ』
彼は画面を見つめた。
その通りなのかもしれない。
忘れたくなかった。
だから、紙を残した。
写真も残した。
それでも、自分は忘れてしまった。
『俺、なんで忘れたんだろう』
『理由があるのかもしれないよ』
『理由?』
『人って、忘れたくて忘れるとは限らないから』
その言葉に、彼は何も返せなかった。
しばらくして、彼女が話題を変える。
『そういえば』
『うん』
『今日、昔のアルバム見てみた』
『そっちは何かあった?』
『特には』
『そっか』
彼女はそこで少し迷った。
本当は、一つだけ気になることがあった。
アルバムの中に、
見覚えのない場所の写真が一枚あった。
あのベンチに似ている。
でも、確信はない。
そして、その写真の裏にも――
古い文字が残っていた。
「またね」
彼女はその写真を見つめた。
自分のものなのか。
家族のものなのか。
どうして持っているのか。
分からない。
『どうした?』
相手から届いたメッセージで我に返る。
『ううん、何でもない』
『そっか』
彼女は写真をアルバムに戻した。
今は言わなかった。
確かめてから話したい。
その夜。
二人はいつものように「また明日」と言って別れた。
彼は机の上の紙を見つめる。
彼女はアルバムの写真を見つめる。
それぞれの手元に残った、同じ言葉。
「またね」
二人はまだ、
それが同じ記憶につながっているとは知らなかった。
コメント
1件
第32話、読ませていただきました。 「忘れないでね」という声がふと蘇る瞬間、とても切なかったです。彼が紙を残した理由を「忘れたくなかったから」と気づく場面、胸にきました。そして彼女のアルバムにも「またね」の文字が…同じ記憶に繋がっているのかなと思うと、続きがすごく気になります。二人の距離感がゆっくり縮まっていく過程、丁寧に描かれていて素敵でした。次話も楽しみにしています🌷